更新 2015.06.15(作成 2015.06.15)
| 正気堂々Top |
第7章 新生 63.獣のように
平田は取り敢えずパンフレットの作成を急いだ。組織への説明には欠かせない。ただ、自分は原案を作っただけで後は藤井に任せた。何と言っても藤井はプロである。展開の仕方、ビジュアル感、説得力、全てにおいて申し分ない。こういう印刷物を作るのにもきっとあれこれとノウハウがあるのだろう。素人の自分がいくらシャカリキになっても適わない。それよりもプロに任せたほうが社員には通じる。社員の人生を左右する一大局面に粗末なものでは申し訳ない。
とは言え、お互い拘りはある。校正段階で何度かのやり取りがあった。パンフレットが完成したのは、もう初秋である。セカンドライフを募集し、1月1日の制度移行にはギリギリのタイミングだ。
パンフレットは、ポイント制の退職金と適格年金を厚生年金基金に糾合するロジックや、厚生年金基金の年金支給の仕組みをわかりやすい図表にして載せ、それに国の老齢年金を付加した。
いつ、どんなときにどんな退職金になるのか、年金はいくらになるのか一目でわかるようにした。また、なぜこのような仕組みにしたのか。自立した人生を送るために、豊かな老後を送るために、個人と企業の新しい関係を目指してこのような仕組みにした狙いを、わかりやすく解説した。この辺は藤井のアレンジで平易な言葉で気高く語られることになった。
巻末にはセカンドライフ支援制度の仕組みを付加し、第2の人生のスタートが切りやすくなったことを解説した。個人の希望により年金的受給が可能なことや大口定期預金金利の適用、プラスアルファ金利の付加、さらに希望者には転職支援業者の援助が受けられることなどを盛り込んだ。
このパンフレットを事前に事業所に配布し、説明会の日程を組んだ。
この頃の平田は、人となりがすっかり変わった。厚生省の認可も下り、制度移行の成功に目鼻がついたことで自信を深め、目的に向かってがむしゃらに突き進むようになった。まるで目標を見定めた獣のようにその言動は気魄に溢れていた。少しでも異論を唱えたり抵抗する者は、何かが憑依したような凄みを持ってなぎ倒した。
「断じて行えば鬼神もこれを避く」が如くだ。
制度説明のためのある地区の役職者会議の席である。
「本日はお忙しい中、お集まりいただきましてありがとうございます。今日は新しい退職金・年金制度とリニューアルしたセカンドライフ支援制度についてお話させていただきます。進行役と制度の詳細説明は私平田が行います。まずは開催にあたりまして、新田専務のほうからお話をしていただきます」
こういう制度や人事方針の説明会の時、何チームかに分かれて地方に出向くのであるが、新田は必ず平田を自分のチームに随行させた。
それはそうだ。自分はナンバーツーであり、人事総務の統括役員である。自分が説明に歩いた地区で質問に答えられなかったり、後日検討してなどとあやふやな対応はできない。一番詳しい担当者を連れて行くのは当たり前のことだ。
その事件は広島地区の説明会で起きた。新田が開催のあいさつや会社の経営状況、退職金や年金を改定しなければならない背景などを説明し、今後の人事運営の基本姿勢などを説明し終わったときである。
ある古参の営業所長がいきなり発言を始めた。言い分はこうだ。
「俺たちは会社立ち上げのときから低い賃金で会社に協力して頑張ってきました。それに対し会社は俺たちに何をしてくれたんですか。俺たちはじっと我慢して耐えてきたんです。勉強する暇なんかありませんでした。会社は人材育成とか教育とか何もしてくれなかったやないですか。それなのに今になって実力主義などと出されても納得がいきません」
会社創業期の苦しい経営状況の頃のことを言っているのだろう。
給料をもらっており、他の人も尽くしているのだから当たり前のことで、わざわざ取り立てて言うほどのことではないはずだが、それは本人の言い分なのだ。それに自己研鑽は自己責任だ。他人がやってくれるものではない。
「それは、その時の会社の経営状況で精一杯の労働条件だったと思います。あなただけでなく皆がそれで歯を食いしばって頑張ってきたから今日のわが社があるのです」
急激な改革は、年功と人間関係だけで保身を図ってきた連中には大きな脅威だった。恐怖から来る憎しみはその矛先を制度提案者である平田へと向かわせる。
しかし、実際には導入まで5年も要しており十分心の準備はできていたはずであり、実力を養う時間も十分あったはずであるが、会社に頼りきっていた連中には「会社が教育してくれないから」と精進を怠ってきた。そしてその時間は平田への憎しみを更に醸成し増幅させるだけの揺りかごとなった。
「そうですか。まあ、言っていることはわかりますが、会社から見ると他の社員より給与だって高いし、所長というポストも与えられてそれなりにやりがいや処遇もされていると思いますよ」
「所長といっても苦労ばかり多くて賃金は低いじゃないですか。会社はもっと出してもいいんじゃないですか。それなのに賃金も実力主義になり、今度は退職金まで下げるんですか」
この所長は決して優秀というほどの逸材ではなく、実力も陳腐化して昔の成功体験だけで現在のポジションにあった。どうせ格下げも首にもできないだろうとの開き直りに見えて、営業部としてもむしろ持て余していた御仁だ。最近では被害妄想にでも堕ちているようなクレーマー的存在になっていた。
「せっかくここまで来て今度は退職金を減らすじゃないですか。今まで会社は我々に何をしてくれたんですか。もっと我々に報いるべきじゃないですかね」
まるで圧力団体の抗議のようだ。
それでも席上、新田は丁寧に受け答えをした。
「会社はその時その時で最善の政策を……」
新田はあくまでも冷静に受け答えをした。
平田はこういう輩が一番許せない。
自分が心血を注いだ制度が泥で汚されるようで黙っていられなかった。