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生き延びる

更新 2016.06.03(作成 2012.07.25)

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第6章 正気堂々 52. 生き延びる

凡人と偉人との違いは、目先のことしか見えないか、数年先まで見通せかつそのことに対して的確な手を打てるかどうかである。
凡人たちは目先の処遇不安を右往左往騒いでいるが、樋口は自分の経営方針に迷わなかった。
樋口はいち早く市場での自動販売機によるシェア争いに目を付け、これからは自動販売機の戦略が市場での勝敗を左右すると考えた。現にここ数年自動販売機の普及は目覚ましいものがあり、大手は資本に物を言わせてロケーション取りにやっきになっている。対抗上中国食品も自動販売機によるオペレーション専門会社のFVSを立ち上げた。そしてその先に来るものはこの自動販売機のメンテナンス事業だと。これを上手く戦略として取り込んだものが市場を制覇すると睨んだのだ。
自動販売機の寿命は7〜8年、長くて10年だ。技術進歩も目覚ましく、デザインも斬新なものが目を引くようになってきた。
中国地方に自社関連の自動販売機だけで8万台以上あり、これをメンテナンスしながら7〜8年で置換していかなければならない。それだけでも一大産業である。
「製品もサービスも会社のシステムも、進化しなければ時代に取り残される。気持ちはわかるが、本業に隠れ、本業に頼り、本業に寄生するような生き方では事業は伸びない」それが樋口の事業信念だ。
凡人の嘆きを他所に、この樋口の予見は見事に現実のものとなる。自動販売機によるマーケットは一時代の夜明けを迎え、日本冷機テクニックの業況は数年を待たずして売り上げ、陣容共に倍増した。
だが、数年先のことなど読めない凡庸な彼らには樋口の高邁な設立理念など関係なかった。新会社に行かされる不安と会社を追われる敗北感が覆い被さるだけだった。
事業運営の現実的厳しさだろう。ただ樋口は、その厳しさが新会社だけでなく中国食品自身にもいつ覆い被さるかわからないからこそ自立と誇りを求めている。
“仮に本体がだめになっても彼らは生き延びる”
どんな高度なハイテクや目新しい製品も次の新しいものが開発されればたちどころに廃れてしまう。シンプルで単純な事業こそ力強く逞しい。“こんな技術”だからこそ世間が欲しい。

納得がいかないのは間接業務の事務方だろう。本業の者たちは自分たちの特殊性故の運命と割り切ることもできるが、事務方はなんの因果もないのに「なぜ俺が本体から追われなければならないのだ」、そんな理不尽を感じていた。彼らはけして落ちこぼれではない。エースではないかもしれないが新会社の運営を担うくらいの力は十分持っている者たちである。仕事だって人に後ろ指を指されるような働きは決してしてこなかった。それだけに「なぜ俺が……」という運命のいたずらを強く感じずにはおられない。
そんな貧乏くじを金銭で賄うことはできないが、転籍に際して主だったスタッフは1ランク上のポジショニングが用意された。それが会社の屋台骨となる人たちへの配慮であった。
係長だったものが課長として、課長だったものが部長として赴任していった。当然手当は上がる。それが転籍料であり、毎年の昇給や賞与の差額補填のようなものだった。
第一線でも組織が整備されて所長が生まれ、係長・主任が誕生した。多くのポジションを転籍組が占領したのは人材力という観点からはしょうがない。曲がりなりにも中国食品の社内教育を受けてきている。しかし、プロパー社員にも全くなかったわけではない。人数的にアンバランスではあるがこれはと思しき人材にはちゃんとそれなりのポジションが用意されている。若手社員にとっても転籍、プロパーに関係なく、組織がきちんと整理され今後の努力次第では主任、係長、所長と登り続けることができるようになったのだ。独立するということはその機会ができたということであり、彼らには大きな意味を持つ。樋口はそれによる自立を言っているのだ。
こうして樋口が考えていた3社体制が発足した。

関係会社の制度整備の過程で、平田と高瀬の間で一悶着起きていた。
これまでも幾度となく意見の対立はあったがそのほとんどで話は噛み合わず、大概は高瀬が一方的にまくし立て平田が適当に受け流し、最後はどうせ次の時にもう一度説明すればいいやと平田が引き取るのが常であった。しかし、今回はそれでは収まらなかった。
「制度整備は本体の制度をベースにスライドしやすいように作る」
それが今回の社内コンセンサスのようになっていた。こういう方針のようなものは明確に明文化されることは稀で、口頭あるいは担当役員たちの言葉の端々から実務者へ伝わる暗黙の、しかし確かなアグリーメントであることがほとんどだ。
そこに高瀬が異論を挟んできた。異論というほど筋立ったものではなく、平田にすれば観念論の屁理屈に過ぎないのだが、名指しで投げかけられると無視できない。
「今回の制度は、転籍する人が決断しやすいように少し水準を高く設定せんといかんよ」
高瀬は平田に唐突に問題を提起してきた。
“今更そんなことできるわけがない。そんなことで彼らの心が動くもんか”
平田の率直な感想である。新田との打ち合わせでも同水準でスライドすることが確認されているし、社内コンセンサスもそのようにまとまっている。制度乗り換え時に多少のずれはあるものの、その先は自分たちの力で稼げというのが会社の意思だ。
「それは自立するということに水を差すことになります。それはできませんよ」
平田はきっぱりと言い切った。
「賃金表を少し高めに設定しておけばできるやろ」
「技術の問題じゃありません。やっちゃいけないことだと言っているんです」
平田は段々言葉が尖ってきた。

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