更新 2016.05.30(作成 2011.11.04)
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第6章 正気堂々 26. 見つめ合い
「それで、川岸さんはどんな事を考えとったんかのう」
「そうですね。やはり、人事部長である以上人事部の復権は考えておられたようです」
平田は、丸山の気持ちをくすぐるような言い方を少し混じえた。丸山にもその気になってもらわなければ大変なことになる。しかし、平田の淡い期待は空回りし丸山に特段の反応はなかった。
「2人が確認したことを話してもいいですか」
「うん。頼む」
「私たちが確認したのは、今の会社はおかしいということでした。実力もないくせにゴマすりばかりが重用され、どんなに正しいことを言っても役員の意に添わなかったら疎まれます。ですから社員は上役の顔色ばかりを伺って積極的になれないし、言われたことだけしかしません。自分から考える力を失っています」
平田は会社や社員の悪口を言っているようできまりの悪さを感じたが、丸山には正しくわかってもらいたくて思い切って全てを話した。
「しかも部門長は、そんな盲目的で従順な人ばかりを重用します。わが社で優秀な人というのは従順な人ということになっています。だから積極的に何かをなそうとか、リスクを取ろうという人はいなくなります。指示待ち人間ばかりになって、今何が問題で何をしなければならないかなんて考えなくなっています。人事異動や昇進にしても人事部にはなにも権限がありません。部門長の意向だけが優先されていますから、横のバランスや人事評価との関連性なども全くとれていません。その場の思いつきだけで登用されますから部門最適ばかりが優先され、全体最適の視点が欠落した人事になっています。川岸さんとは“やはりそんな会社はおかしい。そんなおかしな会社は変えよう”ということを確認しました」
「そんな大それたことをするんか。本当にそんなことができるんか」
丸山は、俺もそんなことをしなきゃならんのかというような響きを滲ませながら、困ったように聞き返した。
平田も、いきなりこんな大風呂敷を広げたことを少し後悔したが、自分の決意を変えるわけにはいかなかった。
「それはわかりませんが、私たちがやろうとしていることが会社の中で間違っているなら私たちが首になるだけで、そこが天の試練なんだと思います。その覚悟を決めました」
ゆっくりと、力強い言葉できっぱりと言い切った。
会社の重要な意思決定プロセスの根本的不合理を指弾しており、2人の間に緊張が走った。これまでの和やかな雰囲気はどこかへ霧消し、平田は丸山の腹の座りを見届けるかのようにじっと丸山を凝視する目になり、丸山も平田の本気度を測る顔で見つめ合った。
「ウーン、なるほどのう。それで会社を変えるにはどうするんだ」
「はい。人事を変えることです」
「人事を変える?」丸山は、更に深い謎に入っていくような驚きの声で聞き返した。
「人事を変えるというのは、人事部が人事権を持つということです。先ほど辞令発行所って言われましたが、そこから抜け出して人事が人事権を握るんです。その上で本当の実力主義人事を実現したいんです。若い優秀な人材がどんどん育ってきています。しかし、年寄りが年功だけで重要なポストを独占していますから彼らに活躍の場がありません。地位や権力を守るばかりの年長者が多すぎて人事に閉塞感が生じています。しかも彼らは部門部門の役員に取り入ってしがみ付いていますから、人事部の人事機能が働きません。部門長の思惑だけで人事が動かされているような感じがします」
「ウン。なるほどのう。それは俺もそう思うときがあるよ。それでどうするんじゃ」
「はい。とにかく、人事部に人事権を取り戻すことです。川岸さんのとき、係長・主任制度の改定で少し前進しましたがまだほんの入り口にすぎません」
「人事部が人事権を取り戻すというのはどういうことや」
その言葉の響きには、今まで長いことそれでやってきた慣習をそう簡単に変えられるのかという皮肉めいた響きが込められていた。自らも辞令発行だけしておればいいのかと揶揄するようにこのままの状態に満足しているわけではないが、そんな気宇壮大な妄想じみた挑戦を踏襲していいものか大いなる迷いがあった。
川岸との引き継ぎにも当然そんなものはない。それは川岸の心意気のようなものだからである。それに川岸は、去り行くものが自分の考えを後任に押し付けることにならないかとそれを嫌った。申し送り事項にするならば、「社員の気質が消極的で主体性に乏しい」ということに止め、対策や方法論にまでは踏み込むべきでないと考えていた。もし、口を挟むとするならばそれは具体的政策が提案され、論議するときである。
「例えば誰かを異動させるとき、そこの役員の意向が勝つじゃないですか。ですから人事が、それに負けないだけの情報武装をすることだと思っています」
「情報武装?」
「それが本当なんだと思います。人事が遅れているんです」
「どうすればいい」
「そうですね。今私たちが取り組んでいるのは人事の仕組みを全面的に見直そうということです。これまでの年功人事から、職能資格制度になったんですが、うまくありません。矛盾だらけです。私の理想を聞いてもらえますか」
「いいよ」丸山もそこを聞かないことには納得がいかない。
この、どんな人事にしたいのかという構想がなければ、人事改革や制度改革などできっこない。