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 ホーム > 正気堂々 > 目次INDEX > No.6-12

言い渡し

更新 2011.06.15(作成 2011.06.15)

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第6章 正気堂々 12. 言い渡し

樋口の計算の中では、伊勢のことなどどうでもよかった。全てが2人を追い詰めるための演出に過ぎなかった。
山陰工場のときは自分が赴任する前のことで、組合委員長の直訴はあったが確証もなく、噂や陰口で解任するわけにはいかなかった。そんな小賢しい収賄騒動より経営不振のほうがよほど大問題だ。下手をすると不渡りを出しかねない。株主責任としてトップ2人を解任し、会社の建て直しと再発防止のため自分が赴任した。
歴史の流れを変えたその重大さを無視し、再び自分の目の前で展開された背任行為。あれほど言っておいたにも関わらず俺の仕置きを無視して不正は再び繰り返された。かろうじて未然に防止したが、もはや逃れられない言質は十分にある。
「あなた方を信じて任せておりましたが、つまらん私曲工作をしましたな。まだ何か言うことがありますか」
「何を仰いますか。値交渉はこれからです」
「まーだ、そんなことを言われますか。あなた方がリベート絡みでいろいろ画策したことは十分明らかですぞ。皆まで言わせますか。そもそも15万円からスタートすることがもはや背任行為です」
「何を仰いますか。何か勘違いされておられるのと違いますか。まあ、そんなこともあるのかなとちょっと打診したまでのことで、なにもリベートなんか手に入れたわけじゃありません」
「ほう。その気もないのになぜ打診する必要があるのですか」
「そのほうが単価が下げやすいかなと思ったまでですよ」
「下手な言い訳は見苦しいですぞ。そもそも、少しでも単価を下げたいのなら15万円からのスタートはないでしょう。はじめからリベートありきが見え見えじゃないですか。それでどれだけ下げられると思うのですか。仮に1割下げても13.5万円です。そんなスタンスで乗り切れるわけがない。私はすでに12万円で話をつけてきました」
ここまで話を聞いた2人は「そんなに安く!」と目を丸くした。
「これから先は私が進めます。あなた方はもういい」
「しかし、これは私たちの担当ですから……」と、なお食い下がろうとする2人に……、
「あなた方ももういい年だ。健康上にも問題を抱えているようだしそろそろ自由気ままな生活を楽しまれてはいかがですか」
「何を仰います。まだまだ、やれます。それに私だって一応マル水から選ばれて来ております。マル水の意向も確認いたしませんと」
浮田は、暗にマル水の引きがあることを仄めかした。
「それは違うでしょう」樋口は浮田を見据えて浮田の思い込みを否定した。
「私は、この会社の経営を建て直すために全てを任すと言われてやって来ました。いわば選ばれた人間です。今のあなた方にそこまでの期待があると思いますか。会社創業期はともかくとして、今はむしろ逆でしょう」
樋口は「お荷物」とでも言いたかったがそこまで言っては気の毒だ。言葉を濁した。
「私がなんのために湯来まで行ってきたと思っているんですか。マル水のことは私がちゃんと説明しておくから心配せんでもいい。それに組合も怒っている。役員会も株主も従業員も全てを敵に廻してまだ生き残りにあがいてみせますかな。へたな留任の画策などして、私と一戦構えるならそれもよし。その代わり拡大取締役会で解任動議でも出され無様な格好で解任されたときは退職金もなしと思ってくださいよ。それでも尚、残ると言い張るならしっかり株主工作をやっておくんですな。その代わりあなた方の行状は包み隠さず白日の下に曝されることを覚悟してください。そんなことまでしてせっかく築いてきた経歴に傷をつけますか」
浮田も河村もここまで絡められるとどうにもあがき様がなかった。黙って睨みつけるしかなかった。
「浮田さんも糖尿が悪いんでしょう。そろそろ身体を労わってのんびりと老後を楽しまれたらどうですか」
この一言でしんみりと身につまされたのか、浮田も河村も陥ちた。
「退職金はどうなりますか」
「承知していただけるなら功労加算もつけましょう」
2人の追い出し料としては、今の会社の実力からすると功労加算など安いものだ。樋口はキッパリと言い切った。
2人は、翌年の総会で健康上の問題を理由に退任することになった。

実はここに至るまでに平田は坂本にハッパをかけていた。5月に坂本と飲んで、それ以来この件に関して何も進展がなかったからだ。
三役団交で坂本が啖呵を切ったままで、川岸と樋口の2人だけが阿吽の呼吸で状況を飲み込んでいただけだ。水内川での鮎釣りも樋口を湯来方面に出張らせるためのカモフラージュだった。何もなくて湯来方面に社長が一人で出かけるとなると感づかれる。
そうとも知らない平田は、坂本に「その後、どうなっとるんや。もっとプッシュせんといかんのやないか」とモーションをかけていた。
坂本は平田に、樋口は坂本に、背中を押される形で事態が動いた。
「平田さん、飲みに行こう。今日は人事部持ちでいきますよ」
坂本は思わせ振りな言い方で平田を誘った。
今夜の坂本はかなりハイテンションだ。勢いで3軒のハシゴとなったが、平田は全てを自分のところに回すように店側に手配した。川岸は交際費として認めてくれるはずだ。もし、ダメなら自腹でも構わなかった。そんな覚悟の一晩だった。

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