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検証

更新 2010.09.24(作成 2010.09.24)

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第5章 苦闘 58. 検証

6月の中頃にやっと制度全体の形が見えてきた。資格の定義や基準、要件など緻密な論理構成部分は前任者がほぼ作ってくれていたので、平田はそれを資格体系として職種や役職ごとのロジックで整理し、そのロジックを元に楠田丘式の評価の仕組みに落とし込んでいった。
最も労力の要る力仕事を、前任者がやっていてくれたことで平田は大いに助かった。しかしまだ、部長や役員会に提案するまでにいかない。問題はこれからである。
ここまではどこの担当者もできるのであるが、多くの担当者はここで立ちすくんでしまう。それは制度の完成ばかりに気を奪われ、現実の対応や運用をどうするかを考えきれないからである。多くのコンサルや講師もそんな混乱を狙いとしているフシが無きにしもあらずで、混乱すればするほど自分たちの存在感が増す。ところが、混乱を望む割にほとんどのコンサルタントは制度のことだけしか知らず、生きた組織や人と向き合う企業の現実的対応には全くといっていいほど知恵を持ち合わせていないのが現実である。
職能要件書、職位と資格の基本的対応、賞与時の評価制度、賃金改定用の能力評価制度など、必要なツールは一応出来上がったが実際の現場で使えるものなのか。実態と乖離した机上の空論になっていないか。その上で全社に展開し、実制度として運用していくにはどんな手順や段取りがいるのか。役員会や組合へのプレゼンテーション、運用マニュアルや電算システムの開発、人事部の関連業務担当者や事業所総務担当者への落とし込みなど、やることはまだまだいっぱいある。1つの提案を実現させるためには、関連する仕事への広がりと1人の人間の知恵では計り知れない奥深さがあった。これを解決出来るか出来ないかが仕事ができる人間かどうかの分かれ道だ。
平田の頭の中は混乱していた。クールダウンのつもりで部屋の中を俯きながらブラブラとうろついていると、教育課長の佐々木昇の目がニヤニヤと笑いながら「どうしたの」と絡み付いてきた。
どんなことでもいい。なにか解決の糸口が欲しかった平田は思わずその目に吸い寄せられ、自然と佐々木の横のパイプイスに腰を下ろしていた。
「あのですね。一応制度は形が出来たんですよ。これが実際の運用に耐えうるものなんか、どう検証したらいいですかね」
「一遍見せてみんさい」
平田は、営業に関する書式の一通りをコピーし佐々木に見せた。
佐々木はパラパラとめくったり、食い入るように深く読んだり、斜めに走り読みしたり忙しく目を通していたが、
「ようまとまっとるやないですか。いいんじゃない。ここまで出来とったら、あとは現場に見てもらうんやね」
「どうやったら見てもらえますかね」
「7月に所長研修やるから、そこで夕方2時間くらいヒーさんにやるよ。そこで提案してみんさい」
“なるほど。こういうところに食い込まなければいけないのか”
平田は1つ知恵を得た。
佐々木は職務上、所長の扱いやこういう問題の取り扱いには慣れているらしく平田にいい機会を与えてくれた。営業に関する部分を事前配布し、目を通しておいてもらうこともサゼッションしてくれた。

研修の場は、緊張感と真剣さがピリピリと交錯していた。
さすがに日々現場で苦労している実戦者たちである。本社の呑気な姿勢は見逃してくれなかった。
「これは以前に職務調査とかいってアンケートを取ったまとめですよね。あれからもう5年になるじゃないですか。やっと出来たわけですか。少し遅いんじゃないですか。現場だったらもう完全に市場を取られていますよ」
恐らく当時アンケートに協力したものの、なんの報告も成果もないまま放置されたに違いない所長の怒りである。とりわけこうしたアンケートの対象にされるのは大体優秀な人が選ばれるから、本社の呑気さには殊更腹が立つのだろう。
「すみません。これでも一生懸命やってるんですが慣れてないものですから」平田は必死で言い訳した。
「今回は担当者も代わったことだし、その割にはこれでもようやったほうだと思います」こんなことで話がこじれても時間がもったいない。佐々木も横から応援し、話は軌道修正された。
所長たちの半数以上は年功からの脱皮に不安を感じていた。それは長いこと年功に馴染んできた人の変革に対する畏れである。しかし、一方で年功制度の行き詰まりを感じている人もいる。自らを実力主義の中に置きたい人やマネジメント上の必要としての実力主義を望む人もいる。
改革とは時代のニーズに応えることだ。管理職の中にそれを望んでいる人がいるのも一つの事実だ。
積極的に意見を出してくれたのは、いわゆるそうした優秀と言われている所長たちだった。
その意見は表現があいまいだとか、横のレベル合わせが不釣合いだとかいったもので、根本的問題点ではなかったが、他の所長たちを論議の土俵に巻き込むのには十分な意見である。問題点はすぐに修正に応じられた。
困難は違う方向から降ってきた。研修が終わって2日後である。
「ヒーさん。あれだけのものが出来とるんならなんで俺に先に見せてくれんのかね。所長から言われて返事のしようもないで」
高瀬にはこの研修を、制度の検証と問題点の事前あぶりだしのためと言って了解を得ていたのだが、どうも気に入らなかったらしい。
高瀬は口腔を泡で一杯にして怒っている。

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