更新 2016.05.23(作成 2009.08.25)
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第5章 苦闘 19. 気をつけろ
「それで、何をしよったんかね」
「いやー、駄々をこねていたんですよ。私には出来ないと、無言の抵抗をしていました」
「それでどうなった」河原は事の顛末が気になってしょうがなかった。
「3日間行かなかったんですが、川岸さんから直接電話がありまして断りきれませんでした」
「そうか。三顧の礼ということもあるし、3日くらいちょうどいいかもしれんな」そう言って河原は可笑しがった。
「ところでどうや、久しぶりの本社は」
「そうですね。前より陰湿さがひどくなったような気がします。前は役員がダメでしたが、樋口社長が来られて今は役員はピリッとしました。その代わり逆に社員の意識が上を見ることばかりに一生懸命になったような気がします」
「全くや。上役の目の色ばかりを見て、ミスをしない仕事の仕方しかしない。馬鹿ばっかりや。人事部はどうや」
「人事部だけかどうかわかりませんが、性根が腐ってますね。この前も怒鳴ってやりました」
「もうやったのか」
「しょうがないんですよ。そうせんと動かんのですから」
「人事部だけやないぞ。どこも一緒や。上がしっかりした分、下が官僚的になった。わかっているのにやろうとしない。言われればハハーッてもったいばかりつけて、魂のない薄っぺらな内容を体裁よくまとめるだけや。いい格好ばっかりしてやがる」
「本当にそうですね」平田も思い出して腹が立った。
「これを直していくのに人事部の役割は大きいぞ。お前の仕事だろうな」
「みんなにそう言われるんですよ。どうしたらいいんですかねェー」
「何言ってんだ。そんなこともわからんのか」
河原はムキになって口を尖らしている。
「いいか。会社を変えなきゃダメだ。社員の気質を根本から変えることが大事や。無責任で上役の顔色しか見ない社員を、積極的で自ら考えリスクをとるくらいの社員集団にしていかなきゃならんのや。それはわかるやろ」河原は叱るような口調だ。魂の熱さが伝わってくる。
「はい。それはわかります」川岸も同じ事を言っていたのを思い出した。
「そのためにはそういう人が評価され登用されるような人事の仕組みにしていくことやないか」
「なるほど。しかし、いくら制度を変えても登用する役員の意識が変わらんとダメじゃないですか。」問題の根の深さを平田は指摘した。
「そこも変えるのよ。それができる人事制度を根本から作り直して、その精神を運用に反映するようにすることや。そういうロジックを構築して役員の横槍を入れられないようにガッチリ固めていくことやろう」
「なるほどですね。しかし、大変ですよー」
「当たり前や。大変でない仕事は仕事じゃない。ただの作業や。そんな仕事はいずれパソコンや機械に淘汰される。お前が呼ばれた理由はここにあると思うよ。西山なんかじゃダメな訳がこれなんよ」
「しかし、すごく難しいですね。とてつもなくでっかい山に竹やりで向かっていくような気がします」
「そうだろう。そんなでっかい山に蟻の一穴でもいい、ガムシャラに風穴を開けるんや。そして山を動かしていく。そんな意地と根性がいるのよ」
言っていることは平田にも理解できたし、それを生きがいとする覚悟もできた。しかし、その具体的方策は全く思いつかない。
「今更尻込みはできんぞ。とにかくやってみることや。いいか。男なら俺はこういう仕事したと、将来子供たちに自慢できる仕事を一つは残すことや。30年40年働いて、与えられたルーチンをただ黙々とこなすだけの組織の一歯車で終わったら、俺の一生は何だったのかとなるぞ」
「本当にそうですね。出来る出来ないは別として、やってみることは面白いと思います」
「新しいことに挑戦することはしんどい。だから誰もやりたがらない。しかし、戦って己を貫き通してみろ。こんな充実した人生はないぞ」
「本当にそうでしょうね」
「夢を持って、それに対する拘りがいい仕事を残す。こういう仕事が出来る人間はほんのわずかしかいない」
「わかります。自主独立の精神に富んでいて、進取性があって、夢や希望に拘りがあって、どこかで全社に提案していくだけの思い切りのいい奴ですね」
「そうだ、俺の思うだけでも5本の指で余るくらいだ」
「例えば誰ですか」
「まず、俺とお前だな。後はダメだ」
「荻野はどうですか」
「電算のことに関してだったらかなりのことをやるだろう。電算に関しては信念を持ってるからな。しかし、外に出たらダメだ」
「野木さんはどうですか」
「あれは有能な官吏だ」
「そうなんですか」2人とも平田の信頼する仲間だ。それを簡単に切って捨てられたようで、平田は少し淋しかった。
「一つ忠告しておく。高瀬には気をつけろよ」
「どういうことですか」平田はかすかに嫌な不安が広がった。