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 ホーム > 正気堂々 > 目次INDEX > No.3-8

マイナス回答

更新 2016.04.21 (作成 2006.12.25)

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第3章 動く 8.マイナス回答

「昭和59年度下期賞与金についての話し合いを始めさせていただきます」筒井が口火を切った。
西山がA4の封筒に入った回答書を吉田のところに持ってきた。他の執行委員にはコピーが配られた。
「それでは、回答書を代読いたします」筒井は控えを読み始めた。

昭和59年11月26日

中国食品労働組合
 執行委員長 吉田優作 殿

中国食品株式会社             
代表取締役社長 小田靖男

昭和59年度下期賞与金について

日本経済は、オイルショックの痛手からようやく立ち直りの兆しを見せ始め、消費にも明るさが見え始めてまいりました。
しかし、我社は全社一丸となって業務に邁進してまいりましたにもかかわらず、かってない業績不振の状況にあります。
そうした中、11月12日貴組合より頂いた昭和59年度下期賞与金に関する要求について、会社は真剣に検討を重ねてまいりましたが、かかる事情を縷々勘案し以下のとおり回答いたします。

昭和59年度下期賞与金を、賞与支給時在籍の組合員に対し、1人あたり平均下記の原資をもって支給する。

  1. 夏季賞与交渉時に締結した年間固定部分の2.5カ月を、特段の事情により2.0カ月とする
  2. 貴組合より要求のあった清算払い部分については0カ月とする
  3. 支払いは、業績の見込みが立つ12月16日とする

諸般の事情を鑑み、貴組合の賢明なるご英断をお願いいたします。

以上

筒井は、読み終わって深いため息をついた。
それに呼応するかのように、組合側メンバーからもため息が漏れた。明らかに落胆のため息である。しばらくの間沈黙が流れた。
「ちょっと確認しますが、これは年間固定部分も減額するということですか」吉田が確認した。
「そうです。夏季賞与のとき固定部分として下期2.5カ月を協定しておりますが、但し書にある『特段の事情が発生した場合は再度見直す』の条項を適用したいと考えます」
「これじゃマイナス回答じゃないですか。冗談じゃないですよ。何のための協定かわからないやないですか。こんなときでも、組合員の生活を最低限維持できるように多大なエネルギーを使って協定しとるんですよ。それを減らすとは何事ですか」作田が机をドンと叩いて食いかかった。
「ご心中わからないでもないですが、今の会社にはこれが精一杯です」
「今、会社の回答書をもらいましたが、正直なところ全く誠意が感じられません。業績が悪くなったからといって固定部分を簡単に減らすというのは、あまりに無責任すぎます。まるで成り行き任せの経営じゃないですか。納得しかねます」吉田も怒りをあらわにした。
「会社はあらゆる手を尽くした結果、残念ながらこのような状況になったわけで、この回答にしても今展開している販売プロモーションが功を奏し、一定の収益を上げられることを前提に弾いた額です。会社としても固定部分に手を付けなければならないことは心苦しい限りですが、特段の事情に陥ったと考えます」筒井も必死で応戦した。
「何が特段の事情ですか。天変地異が起きたわけでも何でもないじゃないですか。特段の事情とはそういうことをいうのじゃないんですか。組合員は必死で施策を遂行しているし、会社は通常通り営業しているじゃないですか。業績が悪いのは政策が悪いからでしょう。そのしわ寄せを組合員だけに押し付けるのは納得できませんよ」平田も黙っていなかった。
「しかし、今のままでは赤字決算をしなければなりません。皆さんが納得できないのもわかりますが、この交渉を早く終わらせて全社員が業務に専念する体勢にもっていかないと大変なことになります」
「こんな状態で終わらせてもやる気が出るわけないじゃないですか。労働意欲の再生のためにも誠意ある回答をしてください」
「これが精一杯です」
平田がなおも言おうとしたが吉田がそれを制し、
「本来なら一旦持ち帰って検討しますということになるんでしょうが、検討にも値しません。かといって、出す出さないを押し問答しても始まりません。今日のところは一旦持ち帰って今後の対応を考えさせてもらいます」と、“これ以上何も得るところはないだろう”と判断し、第1回の団交を早々と打ち切った。

組合事務所に戻った交渉委員たちは書類を机に投げ出し、荒らぶれた。
椅子の背もたれに寄っかかり、足を投げ出した格好で頭の後ろで手を組んでいる者もいた。2、3人集まって口々に会社を罵り合う者もいた。
「委員長、どうしますかね」自席に座っている吉田の傍らで作田が今後の対応を尋ねた。
「ちょっと一息入れましょう。コーヒーでも飲みましょうよ」吉田は少し間を置き、皆の気持ちを少し冷やしたかった。
メンバーのほとんどは、職場を離れて来ている。仕事が気になるのであろう、思い思いに連絡を入れたりしている。
速報担当の坂本は、『第一次回答出る』の見出しで速報を作り始めた。
今日の速報は難しくない。執行委員会の評議を待つまでもなく、回答内容を知らせ不満を表明しておけばいい。評議の結果、対応に多少の誤差があったとしても修正は多くない。
コーヒーも飲み干し雑談や連絡も一段落ついたころ、そろそろやりましょうかという雰囲気が自然と盛り上がってきた。頃合いを見計らって、
「それでは始めましょうか」と、作田が声を掛けた。
全員が席に着きピンと張りつめた空気がよみがえった。
「それでは、先ほどの会社回答について皆さんの意見を確認したいと思います。順番にお願いします」作田は、メモを取る体勢をとりながら会議を進めた。
皆の意見は、「全く話にならん」「馬鹿にしている」「検討する余地などなし」などと聞くまでもなく、作田は先に進んだ。
「それでは、これから組合の対応をどうするかですが、今度はこちらからお願いします」
「すぐにスト権を確立しましょう。そうしないと会社は動きませんよ」
「このまま放っておいたらどうですかね。会社から何か言ってくるでしょう。突き放しましょう」
激しい意見が多い中、ベテランの長瀬は違った。
「そりゃそうかもしれませんが、それじゃ何も解決せんのと違うかね。会社が苦しいのは事実だし、それがどの程度重症なのか確認する必要があると思う。そしてそこに至った背景なり原因を聞き出し、その上で責任なり何なりを追求していく。そうした過程を通じて回答を引き出していくべきだと思う」

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