更新 2016.04.21 (作成 2006.11.24)
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第3章 動く 5.テーマ1
「あなたたちが組合をやるようになった経緯(いきさつ)だけど、なんだか電撃的交替劇だったようだね。組合が2つに分かれたり、内部分裂みたいなことになったらガバナンス上大変なことになるから、チョット心配しています」
「深い理由なんかありません。専務は先日、組合は経営のパートナーと言われたじゃないですか。その片方のパートナーが頼りないから、こっちのパートナーがしっかりしようというだけです。両方が頼りなかったら会社は沈みますから」吉田はまだ半分冗談っぽく濁している。
「佐々木君はよく承知しましたね。後で遺恨が残るようなことはないですか」あくまでも真面目な姿勢である。
「それはありません。じっくり話し合いました。会社がしっかりしていれば彼らでも決して悪いわけではありません。しかし、今の人事部とは慣れすぎました。だから今のような厳しい局面では踏み込んだ話ができないと思ったんです」
「慣れすぎていますか」
「慣れすぎています。交渉はもっとぎりぎりのせめぎ合いで決するものだと思います。彼らの交渉は馴れ合いの交渉でストーリーが全部読めます。出来レースです。これじゃ組合員の信頼はありません。冷めるばかりです」
「人事部が悪いということですか。そうなると担当を替えることも考えなくてはなりませんね」
「そんなことを言っているのじゃありません。交渉は真剣勝負でするものだということです。そこに真面目さがあるかないかは、これからの交渉の中でいずれ明らかになると思います。慌てることはないでしょう」
「みなさんが信任のあいさつに来られたとき、吉田さんが『これからいろいろと提案させてもらいます』と言ったんだよ。私はそれが非常に印象に残っていましてね、今までの組合とは違うものを見たんですよ」と、自分の気持ちを伝えるかのように河村に話した。お互いの人格を認め合っているのであろう、河村に話すときは丁寧な言葉遣いである。
「私もいろいろ聞いてみたんですが、今回の執行部は強力メンバーだと聞いています。そうだよな、豊岡君」顔はニコニコしている。
「いやー、バカばっかりですよ。ただ、みんな純粋です」
豊岡は、吉田に誘われたときや平田を説得したときの熱いものを思い出していた。
「そうですね。その情熱は大事だと思います。
ところで、その心意気で会社をどうしていきますか」後藤田は、吉田の考えを聞きたかった。
「専務、会社はこれからどうなるんですか。このままでいいんですか。毎年何億もの赤字を続けていって、立ち直れないでしょう」吉田は核心に踏み込んだ。
「それは、私も心配しています。ただ、本当に山陰工場が要らないものなのかどうか、これからの市場は成長しないのか、その辺の見通しに誰も確信が持てないから結局製造部の案が通ってしまいました」
「そうは言われますが、山陰工場の稼働率は50%を切っています。現実に大赤字じゃないですか。もともと計画の段階で無理がありました」それまで黙って聞いていた平田が、堰を切ったように一気に話し始めた。
「あの資料は、平田君が作ったの」後藤田は、自分の紹介で入社させた平田の成長ぶりと仕事ぶりに興味を覚えた。
「そうなんだよ、その辺を詳しく聞きたいと思っていたんだよ」と、河村も乗り出してきた。この件ではいつも浮田と空中戦をやっているから、真相が知りたくてしょうがないのだ。
「最初は担当していました。しかし、いくら計算しても採算が合いません。3回やり直しさせられました。最後は原材料の単価まで故意に落として計算しましたが赤字からは脱しませんでした。そのたびに浮田常務と喧嘩になりました」
「どうして喧嘩なんかになるの。結果だから仕方がないじゃないか」河村は不思議そうだ。
「どうでも工場を造りたかったんじゃないですか。だから、赤字計算じゃマズイんです。赤字になるのは計算の仕方が悪いからだと言うんです。売り上げを伸ばしたり、原材料の単価を下げたり、最後には売り上げ単価を上げろと言うんです。しかし、原材料にしても売り上げにしても単価は独立変数ですよね。山陰に工場を造る造らないにかかわらず市場が決めるもので、山陰工場のメリット計算とはなんら関係ないんです」
「さすがプロだね。独立変数なんて難しい専門用語がサラリと出てきたよ」河村は感心したように平田を見つめた。
「しかし、そんな資料は出てこなかったけどな」と、後藤田も納得できないようだ。
「そうかもしれません」
「それはどういうこと」
「はい。最後は『もういい。お前には頼まん』と担当を外されましたから、最終的にどのように仕上がったかはわかりません。挙句の果てに『俺の言うことが聞けない奴は製造部にはいらない』と言われました」平田は最後の部分を強調して言ったつもりだったが、
「それじゃ誰が作ったの」と、問題にならなかった。
「山本課長です」
「そうだったのか。そうすると彼は自分のポストを自分で捻出したということになるのか」後藤田は呆れ顔で、
「それでは、山陰工場は最初から採算が合わなかったということかね」と聞き返しながら、経理の新井常務が珍しく熱心に反対していた当時の役員会を思い浮かべていた。
「そう思います。私の計算では規模が大きすぎました。いや、むしろ要らないと思います」
「しかし、製造部の資料では採算が合っていたよ」
「恐らく、原材料の単価を思いっきり下げたのと、山陰地区の販売見込みを多目に見積もって、本来広島工場で生産すべき数量を山陰工場で作るようにしたのだと思います。その分広島工場にしわ寄せが行っているはずです。将来の不確かさがごまかしを生んだんです」
「この前の懇談会のときに誰かが言ってた逆送だな」
「それじゃ、まるっきり資料のねつ造じゃないかね」と、河村は怒った。
「はい、そう思います。この案件が役員会に掛かったとき、誰でもいいから役員のどなたかが私のところに確認に来ないかなと願っていました。どんなごまかしも看破してみせると思っていましたから」
「自信はあったんだ」河村が横から口を出した。
「そらそうですよ。あれだけ検討に検討を重ねたんですよ。隅々まで知り尽くしています」
「しかし、なんでそこまでして工場を造る必要があるんだい」と、河村はオーバーに不思議がったが、それは次のフレーズを誰かから誘引したくてしょうがないように、平田には聞こえた。