更新 2016.04.18 (作成 2006.08.04)
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第2章 雌伏のとき 30.青年重役制度
作田はさらに、
「マイナス要因ばかりが披瀝(れき)されますが、何のために造ったのかわからないじゃないですか。山陰工場を造ったプラス要因は何もないということですね。まるで業者のための政策のようですね」
「たまたま販売が不振だから能力に余裕があることになるが、本来の販売が確保されておれば山陰工場の性能を十分発揮することになっていたと思います」浮田は懸命に弁解した。
「つまり、100億もの過剰投資が悪いのではない。売らない営業が悪いということですか」
浮田はそれには直接答えなかったが、苦虫を噛みつぶしたような顔で微かにうなずいた。
これには、組合側だけでなく他の経営側メンバーも呆れた。とりわけ営業担当の河村は、自分のことが批判されて黙っているわけにはいかない。
「本来の販売といっても、そちらで勝手に販売見込みを作ったのじゃないの。営業を通してあるのかい。販売の見通しをしっかり練らなかったのがいけないんだよ。勝手な見込みで投資計画を立てるほうがおかしい」とやり返し、いつもの空中戦がまたもやぶり返しそうになった。
作田が、さらに何かを言おうとしたが、吉田はそれを手で制し、
「情けないですね。今日は労使懇談会です。現実をしっかり確認して前向きに考えていきましょう。言い訳とか、責任とかはいいじゃないですか」と言ったものだから、浮田は責任追及がこれで一旦終止符が打たれるのかとホッとしかかった。しかし、吉田は、
「責任問題は別の場所でやってください」と澄ました顔で続けたので、責任問題は存在しますよということをあたかも宣言するかのような形で終わった。
「今年は赤字になるということですが、これから毎年8億もの負担に耐えられるのですか。これからどのようにされるつもりですか。方策を聞かせてください」
と言われても、そんな方策などあるはずがない。過剰投資はわかりきっていたが、販売が上向きに推移していただけに何とかなるだろうと高をくくっていたにすぎない。
「業績の向上には、なんといっても販売の立て直しが必須です。今、河村常務を中心に営業の根本的見直しを行っております。詳しい説明は河村常務のほうからお願いできますか」
河村は、組合に対して好意的である。親会社のマル水食品は、歴史の古い日本型経営の会社で、業態が労務提供型産業であることから労使関係には殊更神経を使っていた。そうした風土に育てられてきた河村も、労働組合には一目を置き真摯な気持ちで向かい合った。しかも親分肌の河村は、こうした純真な若い連中が好きだった。
「はい。プロジェクトは販売チャネルの再構成と製品カテゴリー別の品種の見直しなどを行って、……。来年度から新体制でスタートしようと思っております」河村は、今取り組んでいるプロジェクトの進捗具合やスケジュールなどを説明した。
「プロジェクトもいいですが、いつも思うことですが現場や若い人の考えや感性が反映されないように思うのです。そこで一つ提案なんですが」
と言っておいて、吉田は少し間を置いた。
「投資案件にしても販売体制の見直しにしても、なんだか密室で決まっているように思えてなりません。私たち現場の者からしたら、これはどうするとか、なんでこんなことになったのかと腑に落ちないことや疑問点がたくさん残っているのに本部からは『やれ』と押し付けられます。フラストレーションが溜まるばかりです。
提案というのは、青年重役制度を設けたらどうかということです。稟議に掛かるような重要案件は、役員会に掛かる前に青年重役制度で事前に審議する。これを通過できないような案件は検討不足ということで差し戻しにし、もう一度見直しする。そうすることで現場の生の声を反映したり、訳のわからないうちに決まるということが回避されると思います」
“なるほど”とみんな一瞬大きくうなずいた。しかし、すぐに問題も多いことに気がついた。
小田は、あまりよく理解しなかったようで、どう答えていいのか戸惑っていた。それを見た後藤田が代わって答えた。
「なるほど、検討してみる価値のある大変いい提案だとは思いますが、経営は全てがオープンにできる問題ばかりとは限りません。また、皆さんの能力を見くびるわけではありませんが、会社経営には経営判断ということもあります」わざとゆっくり、一言一言噛んで言い聞かせるように丁寧に説明した。話しているうちに後藤田は吉田がだんだん可愛くなってきた。まるでヤンチャ坊主を相手にしているような気になってきた。
「経営の問題は、営業政策や投資の問題ばかりではなく、人事や経理、株式の問題など、経営だけで責任を持たなければならないこともたくさんあります。最終的に決定事項として皆さんにオープンになるのはごく一部分で、経営だけで審議している案件はたくさんあります。仮に青年重役が秘密裏にこれらを審議したとしても、それを知らされないそのほかの人たちはまた別のフラストレーションを持つことになります。結局、屋上屋を重ねることにもなりかねません」
「それでは、テーマを絞ってということではどうでしょうか」吉田は、提案した手前もあってさらに食い下がった。
「そうですね、どんなテーマならいいかということになりますが、あまり多くはないと思います。それに、誰がどんなことを担当するかということをはっきりさせるために、会社には組織があります。もし、その組織機能が不足ということであれば担当を替えなければなりません。また、組織をまたぐような大きなテーマにはプロジェクトということもあります。他社さんの事例では、人材育成の観点で青年重役制度があることは知っておりますが、組織機能として位置づけるのはどうかと思います」
さすがは後藤田である。他社事例もよく知っていたし、内容も的を得たわかりやすい説明であった。
「なるほど、わかりました。この件はあくまでも参考意見ということで受け止めてください」と吉田はこの件に終止符を打ち、話題を業績に戻した。