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組合

更新 2016.04.13 (作成 2006.01.25)

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第2章 雌伏のとき 11.組合

こんな具合だから執行部もたまったものじゃない。
中央委員会はもめにもめた。他のメンバーもこうしたやり取りをいつも見ており、現体制への不満も次第に高まっていき会社との馴れ合い体質だけが浮き立つようになった。勢い、業績にも微妙な影響を及ぼすことになる。
そんな平田の行動と会社に対する思いを見てきた吉田と作田にしてみればよく知っているということになるのである。
何といっても、鷹が獲物を見据えるような本質を見誤らない鋭い論理の展開は魅力であった。
馬場書記長の誤算は、平田を議長にすることで体制側に取り込めると思い込んだことである。うるさい奴は取り込んでおけと思ったのであろう。
どんな会議でも民主的で公平な運営を期すため、議長は中立でなければならない。そもそも、議長が発言権を持つということはあってはならないのである。議事進行のため、あるいは採決で票が同数に割れたときなどに、議長権限を発動することがあるだけである。
そのため、議長職の役割や権限は規定や規約にきちんと決めてあるのが普通である。
しかし、会議のイニシアティブを取るには議長職は大事である。したがって、どんな会議でも議長職は与党側・体制側が握りたがるものである。
馬場が、議事の流れに一番影響を及ぼしそうな平田を取り込もうとしたのも、そうした読みがあった。

組合も人である。人である以上、人格や性格を持っている。
組合活動をやる動機や活動の仕方、理念や哲学も違ってくる。人生そのものである。
会社と対等に話ができて経営に触れることができる組合活動は、若いサラリーマンには魅力である。
額に汗し、一生懸命力説する姿は熱血的活動家であるし、颯爽と答弁する姿はかっこいいリーダーである。
下部組織に対してはある程度の権力もある。
大きな組織になると組合費が数億にもなり、手当や交際費はちょっとした社長以上の委員長もいる。一時期は労働貴族などと揶揄されたものである。
こうした権力や財力、名誉といったステータスの魔力に酔いしれて、本来の使命や結成の目的、理念を忘れてしまっている組合もたまに見かける。先鋭的な激しい演説で会社の批判をし、下部組織への受けだけを狙って自らの政権の安泰を図ろうというものである。
これらも皆、そこに携わる為政者の人格の発現である。
しかし、会社批判ばかりしていても決して会社は良くならない。会社や労務担当者をいじめたり苦しめることが目的ではないハズである。何でも反対では何も良くならない。
組合の目的は、なんと言っても組合員みんなが幸せになることである。組合員が幸せになるための政策論議の機関であるべきである。
組合と会社は、車の両輪に例えられるがどちらの車輪が病んでもうまく進まない。立場は違えど運命共同体である。企業という組織をいかに隆盛させるかを議論しなければ、どちらにも幸せはない。
皆が幸せになるためには、まず会社の経営状態が健全でなければならない。
そのための論議は、お互い真剣勝負でなければならない。議論に手心があっては、そのことが会社をだめにするからである。あらゆる角度から検討する、真理探究でなければならない。

会社は環境変化への対応業と言われている。会社はじっとしていても環境が変わる。将来を予見し、これに対応していくのが経営である。したがって次々と新しい仕組みや事業プロセスの改革、施策を打ち出してくる。この対応を誤った企業は時代に取り残され、経済の舞台から降板を余儀なくされる。そうなると、組合員の幸せどころか不幸が待っているだけである。
しかし、組合はその組織の民主性を重んじるが故に、保守的である。こうした対応に反対するのがいつも組合である。それは組合員の生活に影響が大きいという論理からであるが、はたして本当にそうなのか。会社が求めている変化ほどには個々の組合員への影響は些細なことが多い、と筆者は思うが。
高所大所に立脚し、会社、強いては組合員の幸せのために大衆をリードできる組合が、本当のリーダーの姿であろう。

一方で、組合のポスト(あえて言うが)は会社でのポストと同じように魅力的なことが多い。そのため、なかなか降りようとしなくなる。
しかし、たとえ組合といえども一ポジションに同じ人間が長いこと居座るということは、人事に淀みを作り膿みをはらむことになる。知らず知らずのうちに腐臭を漂わせることになって、決して良くない。
したがって、時には会社が「そろそろ後進に道を譲ってはどうか」とか、場合によっては「こういうポストを用意するがどうか」などとそっと交代を促すこともある。もっともあからさまにやれば不当介入であるが、そんな対応も時には必要なこともある。
ただ、こうした対応が可能なのは日ごろから組織のあり方や組合の運営のあり方をお互い虚心坦懐に話し合いができ、信頼関係が築かれていてはじめてできることである。

「それで、これからどうやっていこうって言うのですか。ただがむしゃらに旗揚げして突き進むだけじゃどうにもならんよ」平田は、豊岡に尋ねた。
「それはまだ言えない」
「それじゃ、話にならんよ。ドンキホーテは嫌じゃからね」
「お前の気持ちもわかる。しかし、やってくれるかどうかわからんのに話すわけにいかんじゃろ。これからのことは4人で話し合って決めたらいいじゃんか」
「まるで、筋書きのないドラマやね」
これ以上は話が進みそうになかった。もう昼前である。

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