思い出のカセットテープ
音楽を簡単にダウンロードできる現代において、昔懐かしいラジカセが再び注目をあびているようです。
しかも、ラジカセの存在を知らない若い世代にも人気とか。
そんなニュースを聞きながら、カセットに音楽を録音するときのあの苦労がよみがえります。
まずテープの長さ選び。60分にするか90分にするか......。できるだけ曲をたくさん入れたいけど、長いとテープのヨレや巻き付きが起こりやすいし、時間分だけ労力もかかります。
頭出しはほどよく速やかに、曲のつなぎ目は適度な間をあけなめらかに、終わりは曲が切れてしまわないよう、でも余白は長すぎず......。
そうして細心の注意を払って録音し、それで終わりではありません。さらに。INDEXに曲名を手書きで書き込むという作業があります。特別なカセットには、カラフルなマーカーでデコレーションも欠かせません。
1つのカセットテープは、この世で1つのオリジナル。それを作るのに、どれだけの手間ひまをかけたことでしょう。最後に曲が入り切らなかったときの敗北感や、やっと仕上がったテープがすぐにデッキにひかかって伸びたり切れたりしたときの絶望感。ラジカセ世代の人には、きっとそんな想いも共有してもらえることと想います。
そんなカセットテープの1つひとつには、音楽とともに、必ずその時のエピソード記憶がともなっています。
私にも、思い出に残るカセットテープがあります。
もうだいぶ昔の話になりますが、私が中学1年生の時のことです。
小学生時代、担任の先生は母親と同じ年代の女性の先生ばかりだったせいか、中学に入って20代の男性が担任になったことで、私は妙にわくわくしていました。
その先生(T先生)は美術の先生で自分のことを「ワシ」という変わった人です。
中学1年生を受け持つのが初めてとのことで、T先生もまた、私たちがかわいい存在であったように思います。
(中学3年生は、手の付けられない不良が多い学校だったので......)
さて、T先生は私の期待どおり、学校行事である遠足、体育際、文化祭などにはものすごく気合いを入れて盛り上げてくれるムードメーカーです。
余談ですが、文化祭ではT先生の強い希望(先生がやりたかった)で、サスペンス映画を撮りました。
クラス全員に配役があり、セリフがありましたが、犯人役に扮したT先生が校庭をバイクで暴走するというシーンが一番印象に残っています。
8mmフィルムで撮影し、文化祭当日は部屋を真っ暗にして映写機を使ってスクリーンに映すという割と本格的なものでした。
そして、中学1年生の最後の行事といえば「音楽祭」です。
生徒が山ほどいるマンモス校だった私たちの学校は、とうとう近くにもうひとつ中学校を建てて半分にわかれることになりました。2年生になると離れ離れになる友人も多かったため、この音楽祭にはいつもより気合いを入れて、一致団結していたように思います。
T先生を中心に毎日朝練をして、放課後にも練習をし、打倒8組!(8組が一番上手だったのでライバル視してました......)をかかげて日々練習に明け暮れていました。
さて、音楽祭の結果は......
2位!やはり8組には勝てませんでした。
冷静に考えても8組のまとまり感がすばらしく、私たちのクラスはどう転んでも歌が上手ではなかったのです。
でも、みんなで悔し泣きです。いま思い出すと恥ずかしいのですが、それだけ真剣だったのです。
T先生は、音楽祭の私たちの歌を録音し、一人ひとりにカセットテープを作ってくれました。
それがどれだけの労力を要するのか、当時の私達は皆、身にしみて知っています。
50個近くのカセットテープをダビングしてくれたT先生の愛情と優しさが、そのカセットテープにつまっています。
そして、あらためてそのカセットテープをきいてみると......、
やっぱり音程外れてると再確認。よく2位になれたよー、よくこれで1位ねらってたよねーと、笑える思い出のカセットテープになりました。
音楽を簡単にダウンロードできる今、四角い箱に入ったかさばるカセットテープは便利なものとは言えませんが、当時の思い出がこの中にあると思うと、大切にしたい宝物です。
ラジカセ世代の皆さんにとっても、きっと思い出の詰まった"捨てられない"カセットテープがあるのではないでしょうか。
先生からもらったカセットテープとともに懐かしいものも...... | 祖母が録音してくれたカセットテープには小さい頃の歌声もありました | T先生の熱い学級新聞も |