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シャンプー名人


[の] 日常生活

最近、美容院を変えました。
そこは、スタイリスト、トップスタイリスト、アートディレクターと美容師が3階級に分かれていて、階級によって指名料が異なります。ちなみに一番高いのはアートディレクターだそうです。
私はまだ誰も指名していません。しばらく様子を見てから決めようと思っています。指名をしない場合は、そのときに手の空いているスタイリストが担当します。

さて昨日、その美容院はとても混んでいました。たまたま私を担当したスタイリストさんも右往左往していました。カットの前に軽くシャンプーをするのですが、いすが倒され顔にタオルが掛けられたところで「すみません。シャンプーの担当が替わってもいいですか」と言われました。タオルがあるので代替の人の顔はわかりませんが、別に誰でも構いません。「はいはい、どうぞ」と何も気にかけませんでした。
ところがです。「失礼します」と言ってシャンプーを始めたその人の、なんと上手で心地よいこと!
「耳にお湯がかかりそう」とか「顔のタオルがずれ落ちそう」とか「描いた眉が半分消えそう」などという危うさは全くなく、もちろん「首のすすぎが足りない」「つむじが痒い」などのじれったさも皆無です。力の入れ具合も実にツボを心得ています。しかもどれだけ手を動かしても、顔のタオルはピクリとも動きません。なんとすばらしい!あともう3分シャンプーされたら私は深い眠りに落ちていたことでしょう。
私がこれまで通った美容院の中で、間違いなくNo.1の技術力(?)です。

ところで、私は美容師さんとおしゃべりするのは好きではありません。こちらから話したいことはないので、いつも美容師さんの話の聞き役になってしまいます。これではこちらがホストみたいでくつろげません。本も読みたいので、どちらかというと黙ってやってほしい。だからおしゃべりな美容師さんは絶対に指名しませんし、こちらから話しかけることはまずありません。

そんな私ですが、昨日はあまりに感動したので、シャンプー後に思い切って言ってみました。「シャンプーお上手ですね」と。「え?あ、ありがとうございます」その人は不意をつかれて一瞬びっくりしたようでした。ネームプレートを見ると「Y」さんとあります。私はまだ伝え足りず、さらに付け加えました。「本当にお上手です。Yさんはシャンプー名人さんですか?」
我ながらなんとおまぬけな発言でしょうか。「お上手」というありきたりな言葉にはおさまらない感動だったので、それ以上の言葉を求めて口から出たのが「シャンプー名人」でした。私にとっては最大級の賛辞のつもりでしたが、もう少し気のきいた言葉はなかったものでしょうか......。

「いえいえ、ありがとうございます」Yさんは、嬉しさ半分おかしさ半分の笑顔でした。この人なら指名してもいいな、と思ったので「Yさんはスタイリストさんですか?」と聞くと「いいえ、まだアシスタントです」と言います。......ということはスタイリストの下ということで、指名の域にも達していないわけです。その後、Yさんを観察してみると、なるほど床を掃除したりシャンプーしたりはしていますが、カットにはまったく携わっていない様子。しかも数人いるアシスタントの中でも一番下っ端のように見受けられます。

シャンプーがうまいからと言ってカットがうまいとは限りませんが、これだけ繊細な感性なら先々期待が持てます。
でもあまり出世されると、この人にシャンプーしてもらえなくなるわけで、それは非常に残念でもありますが......。

さて、私はこのシャンプーで、今後もこの美容院に通うことを固く決めました。
カットを指名したい人はまだ見つかりませんが、シャンプーはぜひともYさんを指名したいものです。しかしお店にそんな制度はないでしょうし、そんな客も他にはいないでしょうね。
次回またその機会が訪れるのを、楽しみに待つことにしましょう。

スタイリストでもなく、トップスタイリストでもなく、ましてやアートディレクターでもない。一番下のアシスタントが客からそんなふうに評価されているなんて、お店の人は思いもよらないでしょう。
いつかこのことを、店長さんに伝えてみたいものです。

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