丸刈りにされた庭
休日の朝寝坊を楽しんでいるところに、ドスドスドス!と足音を響かせ母が部屋に近づいてくる。この時すでに、まどろみながらも何かいやな予感がする。
バタン!(ドアが開く)
母「庭が!庭が!なくなった!」
「ミサイルでも落ちない限り、庭がなくなるわけはないだろう」と内心で冷静に突っ込みを入れ、寝たふりを続行。だが母はあきらめない。
母「見てよ!ちょっと!ひどいんだから!もう!!」
布団をひっぺがし、私が立ち上がるまでドアの前でしぶとく粘り、私を階下に追い立てていく。
玄関を出て目に入った庭は、一本の草すらない荒野であった。
「もう!ひどい!!」と母は地団駄を踏み、涙をにじませる。
乾いた土に、ちぎれた花びらと葉の先っぽ。そしてむき出しにされた白い根茎......。そう、花盛りにさしかかった紫君子蘭も、シソやミントなどのハーブも、根元からざっくりと切り取られ、文字通り「なくなって」いたのである。家に来る知人友人が、紫君子蘭はもう咲くか、まだか、と楽しみに待っていた矢先の事件だった。
こりゃ、何かの嫌がらせか?新手の犯罪か?...といぶかりたくもなったが、思い当たる犯人は、丸刈り前科のある父である。「もう!ひどい!」の治まらない母を残して書斎へ向かうと、案の定「ハッハー庭がきれいになって清々しいだろう」とのんきな答えが返ってきた。 あきれて、
「お母さんが庭のことで動転して、怒鳴ってるよ」と状況を説明。
「だって、雑草がぼうぼうだったろう」
「ありゃ花とハーブだよ、雑草もあったけど」
「きちんと管理されてないから区別がつかないよ」
「そうは言ってもねえ......どうすんの、お母さんは」
「おれは知らないよ、だれも草取りしないからやったんだ、感謝してもらいたいね」
なるほど。
いつもこの調子なのだ。管理の不徹底を理由に、裏庭の枇杷や梅、紫陽花も、父の手で「刈られた」ことが一度ならずある。そうなったが最後、数年は花も咲かず、実もならない。その度にがっくりと気を落とす母、何がまずいのかわからない父、そして、仲介役に回される私。家族というのはむずかしい。が、よくできている。
裏手に回ってみると、集められた草が3つほどの山をなしている。サンダルでひっくり返して、つぼみをつけた紫君子蘭を十数本抜き取ってくる。花瓶に生けておけば、いずれ花の咲くのが見られるだろう。妹と一緒に母を慰め、父の意図を説明し、花束を前に機嫌を直してもらおうとする。と、
母「......まだ、裏に草があるんだ?」と何か雲行きのあやしい様子。
私「ああ?そうだけど」
母「人の大事にしているものを無残にも切り裂いた上に、ゴミを放置してるなんて絶ェッ対に許せない......仕返ししてやるッ!!!」
「お、おかあさん!」
2人の娘の制止を振り切ってそばにあったハサミに飛びつき、怒りにまかせて母が向かった先は......
玄関!
土間に屈みこんで、父の革靴のひもをジョキリとばかりに切り落とすと、母は、「雑草は捨てるように言っといてよね!」と言い捨てて、妹を伴いそのまま買い物に出かけて行った。振り返った妹の「ゴメンあとはよろしく」のサインを受け取ると、私はハサミを手に、再び書斎に向かった。
五月晴れの蒸し暑い昼下がり、ゴミ袋5つ分の雑草と花々を汗だくでまとめる。
父「あーあ、雑草もしばらく置いておけば土に返るし、そうでなくても乾けば軽くなるのに」
私「そういう心積もりなら、草取りは梅雨明けにしろってお母さんが」
父「......」
私「あと、今日中に靴ひもを買ってきた方がいいよ」
父「まさか......」
あわてて玄関に戻った父の、長い嘆息が聞こえてくる。つくづく人の主張はかみあわず、すれちがうものだと諦念する一方、それを補うことができる程度に、人と人の関係はよくできている。ということを噛みしめた1日だった。
夜には何事もなく、テーブルの上の花瓶を囲んで夕食をとった。母は友人たちから残念至極のメールを受け取って機嫌を直し、私は母に礼を言われ、父の靴ひもは真新しい新品になったのである。
丸刈り後1カ月の写真、新芽が見られます | 紫君子蘭、可憐な花が咲くはずでした | 丸刈り経験者の枇杷(左)と梅(右) |