入院中:ルームメートのこと
私の最初のルームメートは、85歳のOさんという女性でした。
圧迫骨折と軽い認知症を患っており、看護師さんと一緒でないと歩いてはいけないのに、よく1人で動き回っては、看護師さんを困らせていました。
看護師さんがあまりに大変そうなので、私はカーテンをオープンにして、Oさんの様子を身守ることにし、いなくなったときは看護師さんに報告するようにしていました。
そんなOさん、ときどき身動きできない私のベッドのところまでやってきて、せつせつと身の上話をしていきます。
もう5、6回聞いたので、すっかり暗記しました。
必ず「今じゃさ、満でいうけど、当時は数えだったんだよ」で始まるその話は、決まって亡くなったお母さんのことでした。
「私が数えで19のとき、母親が死んじゃってね。きゃしゃな身体の人だったけど、それはもう働き者でさ。男衆と同じ大きな荷物をかついでね。当時は車なんかないからさ、坂道だってかついで登んなきゃならないんだよ。急な坂でさぁ。引越しの仕事なんて、それはもう大変でね、細い身体で無理して死んじゃってさ。まだ40半ばだったんだよ......」
推測するに、お母さんの仕事は運送関係らしい。私はいつも同じところでうなずき、同じようにあいの手を入れます。
ひとしきり話し終えると、Oさんは安心したような表情をして自分のベッドに戻っていきます。
しかし、大正、昭和、平成と生きぬいてきて、ついに認知症になってまで、思い起こされるのは66年前に死別した母親のことなのですね......。
そんなOさん、ある日ついに行方不明事件を起こし、ナースステーションの近くの部屋へ引っ越していきました。
今もルームメートに、働き者だった大好きなお母さんの話をしているのでしょうか。
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