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第28条適用

更新 2015.10.23(作成 2015.10.23)

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第7章 新生 76.第28条適用

平田たちの主張は終始一貫している。できるだけ早い段階で人事システムを統合し、社員の融合を図らなければ会社はダメになるというものだ。
しかし、近畿フーズ側は業績配分が希薄化すると、いつまでも二の足を踏んで前に進もうとしなかった。
平田らは統合の方法論を論じる前に、近畿フーズ側の人事部メンバーをいかにその気にさせるかが大きな課題だった。
「あなた方は結婚して、それまで自由に使えていた小遣いが減るからと家計は奥さんと別々ですか。自分はビフテキを食べてもお前は貧乏だから漬物でも食べておけ、って。皆さんが仰っているのはそんなことですよ」
平田はやや尖った言い方を彼らに投げた。
「それとこれは別ですよ」
「同じことですよ。たしかにわが社は御社に比べると業績では引けを取っていますが、それなりにいいところもたくさんあります。だから合併しようとしているんでしょう。奥さんだって稼ぎは皆さんより少ないでしょうが、美人だとか気立てがいいとかあったわけでしょう。だから結婚した。業績の差は合併比率で清算されているはずです。それに拘っては合併比率の見直しまで遡らなければならなくなります。近畿フーズの専務はそんなお考えではないように伺っておりますが」
この言葉はインパクトがあったようだ。彼らに狼狽の色が滲んだ。
と言うのも、平田にある筋から近畿フーズの専務が何かの席で全て一本に統合する、とコメントしたと伝わってきたからである。その時は当然のこととして聞き流していたが、今になってその言葉の持つ影響力の大きさに感歎した。
「そんなことは、私たちは聞いておりません」
しどろもどろの返事が返ってきた。
近畿フーズで、この合併をリードしているのは専務であることははっきりしている。その専務の意向に逆らうことは虎の尾を踏むようなものだから彼らも動揺した。
しかし、それ以上の進展をみせることは交渉メンバーの独断では難しかった。
「だって業績が違いすぎるじゃないですか。皆さん本気で頑張っておられるんですか。私たちは毎晩1時2時まで頑張っていますよ。中国食品さんは格好良く働いておられるじゃないですか。それじゃ業績は上がりませんよ」
なんだか論点があらぬ方へ向かい始めた。しかし社員が本気で働いていないということには黙っておれなかった。
「何を仰っているんですか。私たちだって必死で頑張っていますよ」
「だって、皆さんはみんなパソコンを持って格好良く働いておられますよね。私たちはそんなお金があるならその分社員が頑張ってお金を使わなくていいようにして業績に貢献します。だから業績にこんだけの差があるんですよ。それを一気に均そうとしても無理ですよ」
感性のズレだろうか。IT投資もピークを迎えている今、どこの企業も事務職の労働生産性UPに血道を上げているというのに、格好良いとはなんという時代錯誤だろう。それだけ頑張るのなら、IT機器を駆使して効率よく頑張れば質、量のパフォーマンスが上がるし、やりようによってはその分人が減らせるだろう。どうしてそう考えられないのか。この感覚のずれが業績配分制度の負の作用だ。それに業績の差は社員の頑張りの差ではなく、大阪という大都会で効率よく営業ができる市場と、次の顧客のところに行くのに何キロも走らなければならない田舎の市場との差である。効率も一件当たりの売り上げも大きく違う。その効率の差が業績の差となって現れているのだ。。
しかし、彼らは「社員が頑張っているから業績に差が出ている」と信じ込んでいる。
このような不毛の会合が幾度となく繰り返され、かみ合わない議論がかれこれ3カ月も続いている。
“この会社は狂っている”
平田は、それまでの合併によって会社が飛躍的に変身するであろうことを期待していたが、今は心が凍り付くような気持ちで新会社を見つめていた。
「とにかく、人事システムを統合することには賛同なんですね」
「それは専務も仰っていますからそういうことでしょう」
「そういうことでしょう」って言い方はないだろう。無責任極まりない。
平田は心から腹立たしかった。
「それじゃ、まずどこからどのようにしていくか論じましょうよ」
「……」
ここまで話が進むと彼らは貝になる。全員が黙り込むのである。目の前の書類に目をやったままピクリとも動かない。何を言っても返事が返ってこない。
「せめて統合のグランドデザインだけでも描きませんか」
「……」
乗ってこない。
平田は腹が立ってくるが、彼らは日頃の業務の中からその習性を身に付けてきており二進も三進もいかない。意に沿わないことには決して口を出さない。まるで駄々っ子だ。
平田は我慢がならなかった。
「そこまで統合が嫌ならなぜ合併したんですか」
「それはトップが決めたことですから逆らえませんよ」
「そうですか。それじゃそこまで一緒になるのがいやなら、持ち株会社方式にするとか、或いは合併合意書第28条の適用をこの人事部会から進言しましょうよ」
「それはなんですか」
彼らは第28条を知らなかった。
「そんなことも知らないんですか」
平田は呆れた。しかし周りを見渡すと中国食品側のメンバーもなんだかオドオドしている。知らないんだ、そう感じた。

■合併合意書 第28条
合併準備中、どうしても合意できない不測の重要事項や、企業風土や文化の大きな違いによって統合に困難な状況が出現した場合、どちらかの申し出により合併を破棄することができる。

「そんなことはできませんよ」
彼らは慌てて否定した。会社方針に逆らうことは自殺行為に近い。
だが、具体的な話になると彼らの考えは今の仕組みに拘ってしまい、せっかく煮詰まった議論が元の黙阿弥に戻ってしまうのだ。

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