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新生

更新 2015.08.05(作成 2015.08.05)

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第7章 新生 68.新生

「専務、お願いがあって参りました」
平田は背筋を伸ばし、神妙な顔をして新田のデスクの前に立った。
「おう。俺もちょうどお前に用があったんや」
「はい。なんでしょうか」
平田はやや中腰になり新田の顔をのぞき込んだ。
「いや、いい。俺のは大事なことなので無垢の状態で話したい。お前の用事を先に聞こう」
「はい。すみません」
平田は断わりを言って自分の希望を願い出ることにした。
「私を関係会社に出していただけないでしょうか。出向でも転籍でも拘りません。一課長で構いません。お願いします」
「どうしたんや。関係会社に行って何がしたいんや」
「はい。人事制度をもう一度純粋に作り上げてみたいんです」
「去年、いいのができたやないか。これで十分よ。俺はよくやったと思っているぜ」
「はい。ありがとうございます。これも専務をはじめいろいろな方のご指導があってのことと感謝しています。それだけに逆にどこか会社や先輩たちに阿るところが全くなかったかと言うと、自信を持ってそう言い切れないように思います。それでもう一度純粋に制度とか人事のあり方を考えてみたいと思うのです。お願いします」
「そんなことができるもんか」
「どうしてでしょうか」
平田は、新田のにべもない拒否に慌てて聞き返した。
「貴重な人材をそんな贅沢な使い方は出来んよ。いいか。あとどれくらい完成度を高められるか知らんが、その精度向上のためにお前を投入するなんてことは出来んよ。お前にはやってもらわんといかんもっと大事なことがある」
「そんなこと仰らずにやらしてくださいよ。3年でいいです。そしたらあとはどのようにお使いいただいても構いません」
「ダメだ。そんなことは問題にならん。その話はこれまでだ」
新田はピシャリと平田の申請を却下した。
「いいか、これから大事な話をするから心して聞いてくれ」
新田は真顔だ。やや眉間に皺を寄せて他の用件は一切受け付けない構えを見せていた。大事なことや難しい用件に入るときに見せるいつもの表情だ。
平田は全く取り合ってくれなかったことが少し悔しかったが、新田のただならぬ雰囲気に飲まれるようにうなずくしかなかった。こんな我儘が通るわけがないことなど自分でもわかってはいたが、ちょっと拗ねてみたい気分だった。自分の存在価値を確認したかった。1年あまりの休養の時間が少し平田を我儘にさせていた。
「あっ、いいよ」と言われればそれまでだし、「ダメだ」と言われればまだ期待されているということである。それを確認したかったのだ。
“ここで生きよということか”
大いに未練を残しながら諦めた。取り敢えずここは新田の話を聞くしかない。
「そんな贅沢は言っておられない状況が来た。これに黙ってサインしてくれ」
新田は机の引き出しから一枚の書類を取り出した。
新田が引いた瞬間にチラッと垣間見えた引き出しの中には、同じものが何枚かあるようだった。その1枚を取り出し平田のほうに向けて押し出した。
そこには、「誓約書」とタイトルが書かれていた。
社長宛てであり、下部に自分が署名すべきスペースが印の字と共に空けてあった。
内容は、合併に関する一切の情報を家族はもとより同僚知人などあらゆる人に漏らさないことを誓うとともに、知り得た重要事実をもとに公表前に当該企業の株式の売買を行わないというものである。
インサイダー取引防止のための対策の一つだが、それがどれくらい効力を有するのかわからないが証券取引等監視委員会の手前そうしておかざるを得ないようだ。
因みに、インサイダー取引規制の要件はこうだ。
「会社関係者が、上場会社等の業務等に関する重要事実を、その者の職務等に関し知りながら、当該重要事実が公表される前に、当該上場会社等の株券等の売買をおこなうこと」(金融庁)
平田が、唐突に突き出された誓約書に言葉を失い目を丸くしていると、
「近畿フーズと合併する」、と新田が潜めた声で告げた。
「エッ。本当ですか」
「そうだ。だからこの誓約書にサインしてくれ。既に話を知った以上拒否はできない。これから合併作業に携わってもらう」
あまりの突然のことに平田は言葉を失った。
「お前も薄々は感じていたかもしれないが、D総研の仲介で昨年の夏頃から検討に入っておってこの度話がまとまった」
そういえば、多いときは7、8人、平均4、5人のそれらしき洗練されたビジネスマン風の見慣れぬ男たちを時々見かけていた。D総研のコンサルタントたちだったのだ。総合企画室を窓口に合併の話を煮詰めていたのだ。
総合企画本部は事業部として以前のまま存在はするが、川岸が銀嶺酒造に出向して以来本部長は新田が兼任し本部全体が新田の管掌になっている。
「それで時期はいつですか」
平田はやっと我に返った。
「うん。来年の3月末を区切りとして4月1日が合併期日だ」
「一体どうしてこんなことになったのですか」
「うん、お前も知っているように、今日本経済は不況の真っ只中だ。D総研の提案によるとわが社のビジネスモデルも成熟期を過ぎ、既に衰退期にさしかかっているのだそうだ。売り上げもじわじわと落ち込んでいる。このままでは5年後には赤字に落ち込むそうだ」
「……」
コンサルタント業も恐怖ビジネスのようなものだ。やたら不安を煽って契約に結び付ける。
人間と同じように企業にもライフサイクルがあり、一般的に次のように分類されている。

 1.創生期 : 創造の喜び、創始の喜びとエネルギーに溢れる
 2.発展期 : 拡大、多少の不備や矛盾、無駄も吸収
 3.成熟期 : 安定、利益出る。社員の高齢化、発想の硬直化
 4.衰退期 : 業績下降、このままではやがて死亡
 5.再生期 : リストラ、経営陣の交代などの経営改革で再生

「わが社が生まれ変わり次の飛躍を目指すためには、わが社にない強みを持った企業と合併するのが一番だと思う。座して死を待つのでなく、再生期を一気に前に持ってきて新生中国食品を目指すのだ」
「自力ではできないのですか」
「そんな力はない。このままではじり貧だ。わが社には研究開発力がないからな。今更それを始めたとしても間に合わない。それよりも一気に生まれ変わるには合併しかない」
これもD総研のシナリオだ。
「近畿フーズとはどんな会社なんですか。合併条件はどうなっているんですか。もう決まっているんですか」
平田は思っている懸念を一気に吐き出した。
「合併は対等合併だ。どんな会社かはまだよくはわからない。これからだ。合併作業を進めていくうちに次第にわかっていくだろう。ただ、効率重視の収益力のある会社だということだけははっきりしている」

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