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 ホーム > 正気堂々 > 目次INDEX > No.6-88

面白い男

更新 2013.07.25(作成 2013.07.25)

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第6章 正気堂々 88.面白い男

丸山は人事案をまとめる前に、係長・主任以上の全社員のデータファイルを抱えて新田のところに相談に行った。大まかな方針を確認するためだ。
かつて、社長の下に専務が2人いた頃は常務に個室はなかったが、両専務がいなくなり4常務体制になって常務室が設けられた。
次に誰かが専務になったらどう格差をつけていくのだろう。総務や秘書室の苦心を思うと平田は可笑しかった。
そんなわけで常務である新田は個室に入っている。
常務室は両袖の大きなオフィス用デスクに革張りの背もたれの椅子が備えられている。社長室のような無垢の木製デスクとはいかないが、それでも十分過ぎるくらいの大きさと収納引き出しがある。
他に、好みによって応接用のソファか、新田のように会議用の大きなテーブルに椅子を置いている部屋もある。来賓があったとしてもそれで不満に思う客なんていない。むしろ変に見栄を張るより我々の会社はこんなところでも始末しているんですと曝け出したほうが好感が持てるというものだ。失礼があっては、なんて思うのは気の回しすぎにすぎなかろう。このほうが実用的だし、部下との会議室代わりに使ったり、人事のようにたくさんのファイルを広げるにはこのほうが便利だ。
「他の役員さんの意見はもう聞かれたんですか」
新田はなぜか丸山には丁寧な言葉で話す。
「はい。一通り聞いております。今から案にまとめますがその前に、常務のほうで特になにかあればとご意見を伺っておこうかと思いまして」
「いや、特にはありませんが今回制度が変わってどんな顔ぶれが上がってきたかなということが気になりますね」
「そうですね。こんなところが昇格対象者です」
丸山は持ってきた資料を広げ新田のほうに差し出した。
新田は、個人ごとに詳しく載っているデータより、一覧表にまとまった全員分の表を手にした。資料の上から下に流すように指でなぞりながら最後まで押さえていった。
新田は頭が良く、回転が速いことで定評がある。覚えもいい。アッという間に50名程度の管理職と係長・主任の昇格対象者を確認し終えた。管理職の昇格対象者が18名。残りが一般職の昇格者だ。
この50名は制度上自動的に昇格する者だ。この昇格者と既存の資格在籍者が対応するポストに任用される。
「少し甘いかなと思う者もいますが概ねこんなところですかね」
新田はあっさりとした感想を漏らした。新制度でも優秀な奴は優秀なのだ。
「甘い評価は何時の世もありますから」
丸山は投げやりな口調で答えた。
「まあ、各本部長がそれでいいと付けたわけですからしょうがないですな。今度の制度改定でだんだんと修正されていくでしょう」
「はい、そうならんといけません」
「それでなにか気になることでもありますか」
「はい。実は平田のことなんですが……」
丸山がそう言うと新田は、今度は個人ごとのファイルを開き平田個人の詳しいデータをのぞき込んだ。
「これがなにか問題でも」
「データ上なにも問題はないんですが、彼は制度担当者じゃないですか」
「……」
新田は黙ってうなずき丸山の説明を待った。
「その彼がいきなり昇格というのはいかがなものかと気になっております」
「昇格したらなにか問題でも」
「そうですね、自分のための制度かよ、って彼への風当たりが強くなるんじゃないかと思います」
丸山は、敢えて平田の立場に立った言い方をした。
「風当たりが強くなってはいけませんか。人間なんてそんなもんですよ。妬む、僻む、嫉む、足を引っ張る。平田なんて目立ちますから格好の対象でしょう。出る杭は打たれる、です。それでも這い上がるようでないと物になりません。言いたい奴は言わせとけばいいんですよ」
「そうなんです。私もそう思ってはいるんですが、平田は制度をスムースに導入し定着させるために、自分は1年遅れたほうがいいと聞かないんです」
「うーん。あれも面白い男だねー。まあ、気持ちはわからんでもないが、人事は本人が決めることじゃないからね。事業運営上これが一番いいと思う人事を会社が決めるものです」
「そのとおりです」
「彼だけが昇格するんなら目立つが他にもいっぱいいるわけで、それぞれに力のあるものが上がるんでしょう。別にいいじゃないですか。制度を導入定着させることも大事だが、逆の恣意性が働くのもどうですかね」
「そうですね」
「それで、彼にはなんと……」
「全く同じことを言っております。一応預かると」
「それでいいでしょう。そこで、私の考えなんですがね……」
新田は自分なりの平田の扱いを考えていたらしく、思わせ振りに間を置いた。
「風当たりを和らげる意味も込めて、彼には昇格はさせて次長ではなく担当次長でやってもらおうと思っています。それでも実質彼が作戦参謀になるわけで、政策を流すのは各課の課長をワンクッション置いたほうが風当たりが和らぐというもんでしょう。それに彼にはこれから大事な仕事やってもらわないといけませんから直接のラインからは外したいのです」
「退職金ですね」
「そうです。どちらかというとこのほうが難しいでしょう。それにどうやらもっとやっかいな問題が絡んできそうな雰囲気なんですよ」
「それはなんですか」
「いや。もう少しあとになればわかりますよ」
新田はとてつもない爆弾情報を持っているらしく、事態の険しさを臭わせた。
丸山はこんなとき深追いはしない。相手が言えない立場とわかれば素直に引き下がる。
こうして平田の訴えは却下された。
最終的にまとまった制度移行原資は5.9%にも達していた。新制度としての異動、昇進が発生したからである。およそ3年分の昇給原資に相当する。
これほど思い切った制度移行に平田自身驚くと同時に、会社の本気を感じた。

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