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頭取対談

更新 2011.08.05(作成 2011.08.05)

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第6章 正気堂々 17. 頭取対談

「はい。どのようにまとめましょうか」
「どうでもよい。ボリュームさえわかればそれでよい」
それを突きつけて談判するつもりはなく、そのボリュームによってはスタンスやアプローチを変えないといけないかもしれない備忘策で、形やスタイルなどどうでもよく、樋口は野木のセンスに委ねた。

樋口は、数日前、年末あいさつに来たH銀行の営業役員の取次ぎでH銀行の頭取を訪ねた。その傍らには野木がピタリと随行していた。
このときすでに中国食品には、自分の債務を退職金で清算するため退任した新井の後任としてマル水から新進気鋭の北尾直樹(40才)が送られてきていたが、樋口は、北尾のこの件への関与を避けた。それは北尾が送られてきた意味や理由を考えれば樋口にとっては当然の処置だった。
マル水での北尾は課長クラスのトップランクで、中国食品へは身分こそ常勤嘱託であるが部長としての出向である。1期2年、恐らくないであろうが長くても2期4年でマル水に戻り、その時はワンランク上のステージにステップアップするであろうことが明々白々だった。この人事を見ても明らかなようにそれほど期待された人材であり、中国食品への出向はマル水へ戻ったとき経理財務全般を統括させるためのOJTの一環で、そんな含みを持った人事なのだ。そんな北尾に泥の中に手を突っ込ませるわけにはいかない。その意味を考え樋口はその北尾を連れずに野木を伴った。お前は知らなくていいとの、頑とした樋口の無言の意思表示だ。
頭取とは地場の経営者会議やライオンズクラブの会合などで知己を得てはいるが、それほど懇意な付き合いがあるわけではなかった。
不良債務の引き落としや業績建て直しで多忙を極め、しかも、年末の最も忙しい時期にも関わらずH銀行頭取は樋口のために時間を割いた。そこはやはり中国食品との取引を重視してのことだ。
バブル崩壊後、金融業界は満身創痍の状況にあり、H銀行も同様の状況である。メインバンクを務めていた地場大手のデベロッパーが経営に行き詰まり数千億単位の融資がデフォルトを起こしてしまっているし、地場の自動車メーカーの販売不振でその関連会社を含めた多くの企業で債権の不良化、担保割れを起こしていた。
通常、一般企業のトップと地場銀行のトップが会談を行うなんてことは、よほど大きな融資の相談か、なにか資金的に問題が生じたときくらいしか考えられない。通常は銀行の法人営業の担当平取あたりが顧客である会社の財務関係部署を表敬訪問し、ついでにトップのところに顔を出して帰るくらいが平均的な付き合い方だ。
にも関わらず、樋口が訪問するということにH銀行頭取は一も二もなく受け入れた。しかも用件の趣を承知の上でのことだ。樋口の並々ならぬ決意を感じての応対である。
それに、今や中国食品の財務内容は極めて健全で、日々の資金運用において自行との取引はかなりのボリュームがあり、おろそかに扱えないという配慮があった。
樋口の頭の中には前日、経理の野木に洗い出させたH銀行との取引の全容が叩き込まれており、そこには自信があった。同様のことをH銀行頭取も確認していた。
中国食品は、資本の調達や投資など財務に関することはメインバンクであるF銀行を中心に行っているが、売上金の集約や税金、給与などの振り込み、業務上の支払いといった当座の資金操作はH銀行を中心に行っている。H銀行は地場最大手の地銀で支店網が中国地方に網の目のように張りめぐっており、中国食品の営業所網とマッチしてそのほうが利便性がいいからである。
H銀行との取引は結構厚かった。
営業所の日々の売り上げ金がH銀行の支店網を通じて翌日には本社口座に集約されるのだが、それが毎日およそ2〜3億。取引相手も地場企業が多く、H銀行を通じての決済や手形の手数料などもバカにならない。毎月の支払日には、中国食品H銀行本店口座に数十億円がプールされ、そこから支払い先に振り込まれる。給与や賞与の銀行口座振り込み業務はH銀行が幹事行であり、毎月数億円、賞与時は20数億円がプールされ、そこから個々の社員の口座に振り込まれる。所得税や健康保険料、福利厚生の生命保険や財形などの預かり金も相当な額になる。さらには社員が引き出すまで口座に残る残金や、他の金融機関に振り替える手間を省略してそのまま預金になるものもある。
これらの資金が例え当座や普通預金であっても、バブル崩壊後体質強化を迫られている銀行にとっては自行の勘定を通過するだけで大きな意味があった。しかもBIS規制の本格適用が開始され、どこの銀行も自己資本比率を上げるために必死になっているときである。

H銀行本店は、広島のビジネスの中心地である中区紙屋町にあり、原爆ドームまで歩いて5分とかからない距離である。
H銀行の役員応接室はさほど大きくはなかった。調度品も中国食品のそれと大して違わない。しかし、数は3部屋もあった。
樋口は主に頭取が使うその一室に案内され、H銀行頭取は、その隣が頭取室であろう扉から間を空けずして現れた。
「いやいや、お待たせしました」
「いやいや、こちらこそお忙しいときに恐縮です」
どちらからともなく手を差し出し握手が交わされた。
そのセレモニーが済むと同時に間髪を入れずに野木は名刺を差し出し自分を名乗った。頭取とは初めての面会である。
頭取は野木の名刺に一瞥をくれながら、
「さ、どうぞどうぞ」と両手を広げてソファーを勧めた。
そこに秘書嬢が2人揃ってコーヒーを運んできた。
「いやいや、お久し振りで。樋口さんとは○○以来ですかな」
慇懃無礼に、ありきたりなあいさつを交わしながら間を繋ぐ。用件はわかっているがこちらから切り出すことではない。いつ樋口が切り出すか、成り行きで待つしかない。

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