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談判

更新 2009.04.03(作成 2009.04.03)

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第5章 苦闘 5. 談判

「実は平田君のことなんですが、人事部に頂けないでしょうか」
例えどんなに嫌な相手でも常務取締役だ。筋目だけは通しておかなくてはならない。喧嘩相手にこちらの落ち度は見せられない。川岸はきちんと節度を守った。
“ウン?平田だと”浮田に微かな緊張が走った。
山本、平田は因縁のある関係だ。山本は自分の思惑を忠実に実行してくれた忠臣であり、ご褒美に工場長に引き上げてやっている。一方の平田はあくまでも青臭い正義感を捨てきれず俺に楯突いたため左遷してやった。
今その山本は降格の憂き目にあったばかりで、自分の配下でしょんぼりしている。一方の平田には脚光が当たろうとしているのか。それも一方的に川岸のいいようにされているようで、それが癪だった。
「あんな人間を採ってどうする気かね」猜疑心に満ちた目が光った。
平田の優秀さは知っている。しかし虫が好かん。かといって人がくれと言えばやりたくない。よその部署で力をつけ、自分の反対勢力の強力な戦力にならないとも限らない。「あんな人間」という言い方の中に、やるかやらないかの逡巡があった。
さらに、川岸に対しても、
“俺が嫌いな人間を君は拾おうというのか。俺の気持ちを逆撫でする気か”と敵愾心を掻き立てた。
「常務もご存知のように会社は中計に向けてガムシャラに頑張らなければならないところに来ております。人事部も問題が山積しておりまして何とかしなければならないんですがいい人材がおりません」
「そんなことはないだろう。高瀬を課長にしたばかりだし、西山というベテランもいるじゃないかね」浮田はぶっきらぼうに言ってあらぬ方を向いた。しかし、その横顔の向こうで“人事部が困っている?いい気味だ”と内心ほくそ笑んでいた。
「西山では物事が進みません。彼は、実務は長いのですが信念が弱くこういう混迷の時世では限界です。彼に代わる人材が欲しいのです」
「それは君が育てないからだろ」
「ごもっともです。しかし今は時間がございません。人間には限界もございます。環境変化が激しく成長が追いつきません。こういうご時世では、激動に立ち向かうだけの確たる信念と意思の強さが必要です」
「それが平田君というわけかね」顔は他所を向いたままである。
「そうです。いろいろ考えたのですが彼しかおりません」
“その信念と意思の強さが俺を怒らせたのだ”
浮田はそんな川岸の言い分を受け入れるということは、自分のこれまでの生き方や人の使い方を否定することになる。どうしても認められなかった。
「しかし、あれは言うことを聞かんし、使いにくいぞ。それでもいいのかね」のぞき込むように目を剥いた。
「使いにくいのは常務だけでしょう」と言いたかったが思い止まった。“喧嘩をしに来たわけじゃない。あくまでも下手に”と言い聞かせた。
「それくらいの気骨があるほうがいいのです。この難局を乗り切るにはそれくらいの信念がなければできません」と、なおも食い下がった。
「俺に楯突くことが信念だというのかね」
「楯突いたのではなく、彼は自分の信ずるところに従ったまででしょう」
川岸は、そう言った後たたみ掛けるように、
「現に山陰工場は彼が言ったとおりになっております」と、思わず言いかけてその言葉を飲み込んだ。そこまで追い込んではダメだ。意固地になるだけだ。
「しかし、彼はうちの優秀な人材だからな。そう簡単にはやれないよ」浮田は不敵に笑った。
川岸はいちいち癪に障った。のらりくらりと言を左右する態度に誠実さの欠片もないことを改めて思い知らされた。
「何を言われるんですか。そんな使い方はなされていないじゃないですか。彼は組合の副委員長を務めて会社全体の運営を勉強した人間です。工場の品管(品質管理)なんかの狭いところに閉じ込めておくような人間じゃありません。会社全体で見たときは、組合活動もOJTの一つです。しかも彼はすばらしい活躍を見せています。その経験を生かさなければ会社の大きな損失です。彼にはもっと大きなフィールドを与えるべきです。そんな使い方されるくらいならうちに頂きます」川岸はつい大きな声になった。
「今は将来に備え、実技を勉強してもらうために現場にいてもらっている。そのうち考えるさ」浮田は、どうしてもやりたくなかった。
“川岸のために協力なんぞするもんか”それが本音だ。浮田は敵と思う人間には、何かにつけあからさまに嫌味を働く陰湿さがあった。
「製造のことだけでなく、もっと大局的に考えていただくわけにいきませんか。人材は会社の財産です。会社に難題が山積しているこのときに、そのうちだなんて人材を眠らせるだけです。今すぐの活用を考えてください」川岸の言い方も尖ってきた。
「君。無茶を言ってはいかんよ。製造だって会社の大事な仕事だよ。実務も知らなきゃ登用のしようもないじゃないか。そのうち考えるよ」
「そのうちなんて悠長なことではだめです。さっき『言うこと聞かんし、使いにくい』と言われたばかりじゃないですか。そんな使い方されるくらいなら人事にくれてもよろしいじゃないですか」
「君もわからん人じゃな。だからそのうちにと言っとるじゃないかね」既に浮田の目は釣りあがっている。

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