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 ホーム > 正気堂々 > 目次INDEX > No.4-8

人情

更新 2016.05.19(作成 2008.07.15)

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第4章 道程 8. 人情

「工場の人の雇用はどうするんですか」
「全員、配置転換で雇用は確保します」
「転勤できない人はどうするんですか」
「最寄りの営業所でやってもらうことになると思います」
「工場の人は技術屋タイプが多く、職人気質の人が多いんです。営業なんかできゃしませんよ」
「配置転換前にはOJTをしっかりやります。会社も努力しますが、社員の方にも努力をしてもらいたい」
「性格的、体力的に営業ができないという人もいるはずです。配置転換が嫌だという人はどうするんですか」
「体力作りのトレーニングもやります」
「また、毎日毎日そんな地獄のような特訓をやらせて、社員を苦しめるのですか」
「どうしてもできない人には他の工場に転勤してもらいます」
「転勤できない人ばかりでしょう」
「しかし、労働協約にも就業規定にも転勤はあると書いてあります」
「そりゃ建前はそうですが、採用するときには地元勤務とか甘いこと言って採用したやないですか。それに転勤は本人の意思や家庭環境を考慮することになっています」
「しかし、会社にとっても事業の閉鎖というこれ以上ないやむを得ない事情があるわけですから、そこのところは理解していただきたい」
「そのやむを得ない事情を作ったことが問題なんですよ。当人を呼んでもらいましょう。どう考えているのか、どう責任取るのか、ハッキリとお聞かせ願います」
ほとんどの質疑を作田一人でやった。相手に否があり、こちらに正義があるときの作田の攻撃力は目を見張るものがある。まるでブルドーザーのように押して押して押しまくる。
次回の団交には、浮田も出席することになった。

事務所に戻った組合は今後の対応を協議した。
「まず、皆さんはどう思われますか」
「それ見たことかって感じですよ」真っ先に平田が答えた。
「はじめから無理なことはわかっていたんですよ。業績が悪いのもそれが原因なんですから。そのために小田社長と後藤田専務が辞めたんでしょう。造った人にも当然責任を取ってもらわんといかんでしょう」
「それはそうなんですが、組合としての基本的態度は工場閉鎖に反対するんですか」
「いや、反対はできない。やむを得ないでしょう。その上での責任問題です」作田と平田は打てば響くような掛け合いで論点を整理していった。
「そういうことになるやろね。工場を存続させても赤字が続くばかりで、結局また社員が犠牲になる」他の執行委員もそれは受け入れた。
「それじゃ、基本的には受け入れることにして、工場への対応をどうしますか」作田はみんなの顔を見ながら尋ねた。
「とにかく工場に説明に行かんといかんでしょう」
「会社はいつするんですかね。会社と同時期にせんといかんでしょう」
「いや会社はほっといていいでしょう。勝手にやらせとけばいい。どうせ大したことはしきらんですよ。我々は会社の考えをしっかり聞いて、組合としての考えを現地の人たちに伝えることです。それから、説明会が終わったら個人面談をやります。内容は、個人の希望とか家庭の事情、営業に配転になった場合の体力とか適性の見極めなどです。ある意味、不満のぶちまけになると思いますのでこれは三役で対応してもらいます」吉田は、詰(き)っとした口調で組合の対応の仕方を提示した。
「個人面談は、まず説明会で組合の基本的態度を説明してその上で個人で少し考えてもらってやったほうがいいと思うけど」
「はい。そうしましょう。4、5日置きましょう」作田もそう返した。
「個人面談はそんなに慌てなくてもいいでしょう。実際に人事を行うときまででいいんではないですか。みなさんにはゆっくり考えてもらいましょうよ。その間にいい転職先なんかを見つける人もいるかもしれんやないですか」
「そりゃそうだ。10月ごろでいいな」と誰かが相づちを打った。
「いや、最終確認はそれでいいと思いますが、とりあえず一人ひとり話を聞いてあげたいと思います。現地の人は不安でいっぱいだと思います。言いたいことも聞きたいこともたくさんあるんじゃないですか。私たちもそれを聞いて問題を整理しておきましょう。もし、こちらからアドバイスがあれば言ってあげておくのも親切になるでしょう」吉田は早めに聞いてやることに拘った。
「わかりました。両方やりましょう」みんな、やっと吉田の意図を理解した。
「会社がいつ説明するかわかりませんが、こんなものは早くしないといけんと思います。噂は止められませんからみんな不安が募ると思います。会社にもできるだけ早くするように急かしたほうがいいと思います」
「うん、次の団交で確認しましょう」作田も同意した。
「あとは、造った人の責任をどうするかですね」
「辞めてもらわにゃいかんよね。自分の懐だけ潤して社員がどれだけ苦しんどる言うんね」豊岡は憤慨を露にした。
「基本的にはその姿勢で臨んで、相手が次の団交でどう出るかですね」
「今度はハッキリ答えが出たわけですから、遠慮なく言わせてもらいましょう」作田は強気だ。
「それじゃもう一度確認します。組合の基本姿勢としては、工場閉鎖はやむを得ず受け入れる。その上で責任問題をしっかり問うていく。工場の人への対応は、会社との団交を踏まえて組合の基本的考えを伝えていく。その後、4、5日考えてもらった上で個人面談を行う。最終的には人事異動案が決まる前にもう一度行う。これは閉鎖に当たっての個人の希望とか事情を確認し、会社に要望する。そういう後ろ盾になるための個人面談にする。それでよろしいですか」作田はみんなの顔を確認した。
「1つ聞いてもいいですか。私は工場の人をよく知っています。職人気質というか、ほとんどの人が人と話をするのを苦手にしています。だから製造職を選んだのです。人にもまれていないから純粋だし、しゃべりも朴訥です。30代40代が大半を占めているし、今更営業への職種転換はきわめて難しいと思います。かといって山陰工場の人の場合は地元採用がほとんどですから他工場への転勤もできないと思うんですが、基本的にどう考えたらいいんですかね」平田は工場の人に近いだけに親身になって考えた。
「結論から言って、工場の人の選択肢は次のような道しかないと思います。1つは他の工場に転勤する。2つ目は地元に残って営業へ職種転換する。そして3つ目が会社を辞めて他の地元企業に再就職する。この3つです」吉田は冷徹に言い切った。ここで情けは通用しないと思うからだ。
「営業ができんのやったら他の工場に転勤したらいいやんね」豊岡も、さもそれが当たり前のように口を挟んだ。
「そりゃそうだけど地元におりたいのが人情やろ」平田はあくまでも工場の人の代弁した。浮田への恨みの反作用が工場の人の擁護になる。
「ヒーさん。私たち営業はね、3年に1回転勤しよるんですよ。工場の人も一生の間に1度や2度の転勤は覚悟してもらわんといけんと思います」
吉田は営業の宿命を引き合いに出してきた。
「そりゃわかりますよ。だけど人間は他人との比較で自分の境遇を計るじゃないですか。他の工場の人は動かないのになぜ自分だけが動くのかって。その辺を情けなく思うんじゃないかと思ってね」
「工場だけを見るんじゃなくて、営業とか他の会社とか、もっと視野を広げて考えてもらいましょう」
「私たちにはよくわかりますが、工場の人は毎日機械しか見ていないから世間を見て考える習慣がないんですよ」
「これを機会に考えるようになってもらいましょう」最後は吉田も“これでおしまい”と言いたげだった。
「うーん。そうですね」これ以上の議論は意味がないと思って、平田も渋々折れた。
組合の態度は決まった。

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