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工場閉鎖

更新 2008.07.04(作成 2008.07.04)

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第4章 道程 7. 工場閉鎖

みんなを送った平田と豊岡はなおも名残惜しく、どちらからともなくそのまま立ち話を続けた。
「今日はやってよかったのう。専務も喜んでくれたやろ」豊岡は感慨深げにつぶやいた。
「豊岡さん。俺は思うんだけど、今回のシナリオは初めから後藤田専務が考えられたんじゃないやろか」
「どういうことね。委員長が仕掛けたんと違うんかね」豊岡は思わず低いヒソヒソ声になった。
「うん、そうかもしれんけど、マル水への橋渡しとか社員面接とか樋口さんの引っ張り出しとか、全てがうまくできすぎのように思うんよ。もうダメかなと諦めかけたらいつの間にかうまくいっとるやろ」平田は腕組みをして遠い夜空の星に目をやった。
「正義はいつかは勝つということやろ」
「うん、そうとも思う。しかし、専務に金丸社長との橋渡しを頼むときも、俺に任せてくれって吉田さん一人が行ったやろ。あのときすでに2人の間では意思が確認されとったような気がしてならんのやけど」今度は腕組みをしたまま、疑うことが後ろめたいのか遠慮がちに足元に目をやった。
「それに後藤田専務は樋口社長が来ると決まったと同時に引退を表明したやろ。あれはこのシナリオの責任を一人で背負う腹を固めていたんと違うかな。そうするとすべてのことに符号が合うのよ」
「うん、それはあるかもしれんのォ。しかし、引退はどの道そうされたやろうから、それで専務のシナリオと決め付けるのはどうかの」
「ウーン」平田はまだ納得がいかぬ様子で腕組みをしたまま小さく唸った。
「それに、吉田さんも結構大胆な発想をするとこがあるやないか。それを思うとあながち否定もできまい」
2人とも半信半疑の謎の出口を辿っているのか、少し間が空いた。
「まあ、このことは永遠のミステリーでいいんやないか。吉田が仕掛けた。それに後藤田が応え、金丸を動かした。それでいいやないか」豊岡は結果が良ければそれでいいというように、それ以上の詮索を嫌った。
“そうか、豊岡さんは委員長が東京に行ったことはまだ知らんのだった。それなら、無理もないか”と平田は話を切り上げたが、なにかスッキリしないものが残ったままだった。
「それで、専務は本当のところ今寂しいやろか。それとも満足やろか」
「俺は半々だと思う。やっぱり本体でナンバーツーでいたいという気持ちは大きいと思うぞ。いくら会社のためにやったと思っても未練は残るやろ」豊岡らしく人間臭い答えが返ってきた。
「すると樋口社長もそうかね。会社建て直しの使命を負ってマル水のナンバーツーからうちのトップに来たけど、同じような状況やろ」
「うん、あえて違うところを探すとしたら、樋口社長はまだ少し若いということと、やりようによってはわが社で多少なりとも野心を持てるということやないかな」
「野心?どんな野心ですか」
「いや俺にもよくわからんが、例えば業績を拡大して東証一部にもっていくとか、新しい事業を立ち上げて成功を積むとか、なんかそんなことが可能性としてあるかもしれんやんか。俺は樋口社長が来られてそんな夢を見よるんやけどな。俺はうちの株は今が買いだと思っている」
「なるほどね。それはいいですね。専務の半々の思いを6:4、7:3にするためにもいかに会社を建て直すかですね」
「そうなんよ。100%良かったと思ってもらえるように、みんな頑張らにゃいけんのよ」
「それと、いつまでも専務は大事にしたいですね」
「うん。たまには遊びに行ってやろうや」
「そうですね。今度は忘年会でもしますかね」
2人はやっと同じ気持ちを確認し、「それじゃ」と夜の帳に分かれた。もはや人通りも途絶え、たまに酔客を見かけるくらいだ。

樋口の経営センスはさすがのものだった。打つ手は正鵠を射、時宜を得ていた。
樋口は社員の気持ちを掴み自分に向かせるため、そして会社の現状を理解するためあらゆる機会を利用して全事業所に顔を出すことにした。中国食品は大小の営業所や工場を合わせて45の事業所が点在している。通りすがりにちょっと寄るとか、エリアを限定して特別に訪問するとか、積極的に訪ねた。
まず一等最初に山陰工場を訪ねた。前々から過剰投資が云々されていたからである。樋口は会社再建の最大のポイントがここにあると睨んだ。
工場に着くと、管理監督職の社員を集め会社の現状をわかりやすく伝え、「会社は絶対に良くなる。俺がそうしてみせる」と、自信に満ちて話をした。しかし、社員の顔色は晴れなかった。“会社は良くなっても、そのために俺たちはどうなるのか。こんなお荷物工場はつぶされるのではないか”と逆に心配は募る。社員の気持ちは複雑だった。毎日毎日草むしりばかりさせられてきた社員はもはや負け犬根性が染み付いて、どれも暗い顔をしていた。
この社員たちを元の元気な姿にどう奮い立たせるか。それも樋口のテーマの一つだ。
その後、樋口は工場長と2人きりで工場長室にこもり現状を質した。その工場長とは、製造部時代平田を裏切り浮田に迎合することで山陰工場の工場長に納まった例の山本である。山本はガチガチに緊張していた。
「工場の能力はどのくらいあるのだ。それはわが社の全能力の何%に相当するのか。エリアの人口は。市場規模は。今後の成長性は。現在の生産数は」矢継ぎ早に質問を浴びせた。少しでも周章狼狽すると
「そんなことも把握していないのか」とお叱りが飛んでくる。
そして最後に、
「この工場は本当に要るのかね」と問い直した。
山本は困った。
「要らない」といえば、「それじゃなぜ造った。つぶしてもいいのだな」とやられる。
「要る」といえば、その訳を問われるのは明らかだ。もともとこじつけた理由で強引に造っただけに正論はない。それは自分が一番よく知っている。しかもそんな理由が通用する相手ではない。山本は顔を真っ赤にしてモゴモゴと口ごもった。
「誰が企画したのかね」
山本は、樋口が全てをお見通しの上のように思えた。
「あっ、それは、そのう」自分だと白状するのをためらっていると、
「過剰投資が企業の体力を一番奪うってことを君は知っているかね。会社をつぶす気か」
それを聞いた山本はやっと自分のやったことの重大さが怖くなった。

それから、1カ月。山陰工場の廃止が6月の役員会で決定された。
「閉鎖の時期は今年の12月末日。それまでに閉鎖に備えてのあらゆる準備を整える」
樋口の決断に誰一人異議を唱える者はいなかった。
工場の社員の動揺や関係機関への根回しなどを考えて公表はしばらく伏せられた。組合へ通知があったのは7月の22日、定例役員会の後だった。会社は団交形式で説明会を開いた。
組合は急遽全執行委員を集め団交に臨んだ。梅雨が明けたばかりの暑い夏の日だった。
「わが社は、山陰地区の戦略的拠点とし、それを足がかりに山陰地区全体の売り上げを伸ばす狙いで、また山陽地区の製造能力がいっぱいという理由で山陰工場の建設に踏み切りました。しかし、人口の都会集中化で山陰地区の人口が減少したこと。また、期待に反し消費全体が縮小傾向にあること。しかもこの傾向はしばらく続きそうであり、山陰工場の存続は会社にとって重大な負担になり、このままでは会社の存亡にも影響しかねないこと。等々これらを総合的に判断し、このたび断腸の思いで山陰工場の閉鎖を決定しました」
会社の言い訳は長々と続いたが、要旨はこのようなものだった。
組合はそれみたことかと俄然勢い付いた。
「そんなことは初めからわかっていたことじゃないですか。資料を捏造して無理して造るからでしょう。責任はどう取るんですか」平田は堰を切ったように詰め寄った。
「そんな一辺倒の説明では通りませんよ。製造部の最高責任者を呼んでください。どう責任を取るのかハッキリ聞かせてもらいます」作田もこういうときはめっぽう強い。こぶしで机をドンと叩いた

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