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驕り

更新 2008.01.08(作成 2008.01.08)

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第3章 動く 45.驕り

大会を前にした9月の半ば、平田は一人で呉の倉橋島に投げ釣りに出かけた。大会を前にした緊張もあるし、なんだかんやと忙しかったストレスも溜まっている。こんなときは決まって釣りがしたくなる。平田は自分はストレス耐性が弱いのかもしれないと思っている。2週間も釣りをしないとイライラして、手がブルブルと小刻みに震えるような感覚を覚えるのだ。最初は釣りがしたいからなのかと思っていたが、どうもそうではないようだ。行ったばかりでもそうなるし、釣りのことを全く考えもしないときに突然やってくる。それも決まって夕方の4時ごろからである。そんなことを繰り返すうちにストレスのせいと気付き、なんでもいいからストレスを発散しようと考えるようになった。友達と飲んで騒いだり、マージャンをやったり、積極的にストレスを発散するようにした。
一番いいのはやはり釣りである。この時期は端境期で何を釣るにもパッとしない。せいぜい落ちギスかハゼくらいのもので、始めから期待せずに出かけた。それでも竿を出すだけで楽しいのだ。頭の中をエンプティにすることができ、全てを忘れられる。
仕掛けを3本ポイントに投げ込んで、そのまま砂浜に寝っころがった。青空をバックに竿が空に伸びているのを下から見上げる格好だ。全てから開放されて伸びやかな気持ちになる。こぶしを握って思い切り背伸びをすると気持ち良かった。
寝っころがったまま目を閉じると、アッという間に過ぎ去ったこの1年の出来事が感慨深く思い出された。
“吉田らに口説かれて組合に入ったが、浮田との確執が極まり、そして突然の左遷だ。あのときは悔しかった”平田は、浮田との一言一句のやり取りや浮田の自分に向けられた険しい眼差しが思い出されてゾッとした。
“辞めようかとさえ思ったが、野木課長や河原課長らに引き止められてなんとか残った。いずれ本社に復帰するよと言ってくれるが、本当にそんなことを誰がしてくれるのだろうか。気休めだろうな。今は組合の仕事があるからまだ気が紛れているが、引退したらまた寂しい思いをするんだろうな。その組合ではいきなり賞与の越年闘争をやり、春闘ではデモ騒動まで繰り広げた。そしてモデルライフサイクルビジョンを設定し、地域手当見直しの家計簿アンケートの実施中だ。営業所オルグはきつかったな。妻のガン疑惑では肝をつぶした。子供たちのために、このまま再発せずに終わってくれることを祈るだけだ。いろいろあったな”平田の閉じられた瞼のスクリーンに、その時々のさまざまなシーンが去来した。一生の出来事を1年で味わったような忙しさだった。
“よく乗り切ったもんだ。これから何が起きるのだろう。会社の正常化は、当てにしていた後藤田に袖にされまだ道筋すら付かない。これからが本番だ。気の重いことだ。しかし、後藤田専務はなぜ我々を助けてくれないのだ。所詮それだけの人だったのか。あの年になってもやっぱり会社にしがみついていたいのか。専務という地位や名誉に、正義感だけでは勝てないのか。今まで俺たちに良くしてくれたのは、上辺だけのお為ごかしだったのか。それとも、会社のために必死になっている俺たちがバカなのか” 平田は、後藤田が恨めしかった。しかし、その後藤田の立場と自分たちの立場も考えてみた。
“俺たちのこの活動だって組合という鎧があるからではないのか。もし、それがなくてもやれているだろうか。組合という立場に驕りはないか”平田は組合にも傲慢さがあると思った。
“しかし、会社正常化のためだ。組合を利用することも作戦としてありだろう。いや、むしろそのために前任者を引きずり降ろしたようなものだ。ただ、専務の立場もわからぬでもない。逆にそんなことをお願いするほうが厚かましいのかもしれない。自分たちは組合という組織の庇護のもとにありながら、専務には会社のために一人立ち上がれという。これは身勝手な発想ではなかろうか。それとも会社正常化のためには、専務一人の犠牲など問題にならないのだろうか。いやそんなことはないだろう。俺だって組合に入る入らないだけであれほど悩んだのだ。まして専務にはサラリーマン人生の全てがかかるのだ。悩むのは当然だろう。やっぱり自分たちだけでなんとか考えなきゃいかんのよ。自分たちの責任でやらなきゃな。人を当てにした活動なんてうまくいくわけがない”平田はそう自分に言い聞かせ、後藤田のことは諦めようと思った。
“直接アポを取って当たって砕けてもいいじゃないか。マル水食品の組合に間に入ってもらう手だっていけるかもしれない。なんか方法はあるよ”
この日の釣りは、キスを3匹、トラハゼを2匹釣っただけで、昼前に早々に引き上げた。
釣りをしているときは、雑音が入らないのとリラックスしているから頭がクリアになり、いいアイデアが浮かんだり難しい案件も意外と考えがまとまったりする。ほかには風呂で湯船に浸かっているときにフッと考えが浮かぶことがある。今日も後藤田のことに踏ん切りをつけることができた。釣果はなかったがスッキリした気分で帰ることができた。

中国食品労働組合の大会は10月上旬の日曜日と決まっている。会場も毎年白島町の‘鯉城会館’で、大会が終わるたびに翌年の予約をして帰るのだ。
今年も大会の開催日がやってきた。吉田や平田らの思いがどこにあろうと、後藤田のシナリオがどう展開しようと、時間だけは誰にも平等に、そして正確にやってくる。そしてその瞬間に全ての出来事を歴史に塗り替えていく。
今年の大会については、平田は余裕があった。落ち着いて答弁ができた。
賃金部の活動報告も活動方針も、期待からか盛大な拍手が起きた。
「これだけしっかりした要求根拠を挙げるんだから、しっかりとってくれよ」それが、唯一の発言だった。
「頑張ります。皆さんもご支援よろしくお願いします」
組合大会は無事終わった。大会が終わると労使懇談会、年末一時金の要求と、また新しい歴史が繰り返される。

可部の町には中国食品以外に福留ハムや森永乳業など、地場の中堅食品メーカーが数社ある。こうした企業とは組合同士お互いに付き合いができてくる。主には情報交換が目的である。大会には来賓として行き来することもある。励ましの意味で祝電を打ったりして花を添えてやることもする。組合といえども人であり、大人の付き合いをする。大会が集中するこの時期、平田ら三役は手分けしてこうした付き合いもこなしていった。その度に、“ほー、この会社はここまでやるのか”とか“そんな考えもあるのか”と驚かされる。

人間、考えや視野を広めるには、他の会社を見て見聞を広めるのが一番である。他社を見ることで自社の良し悪しが見え、新しい発想が生まれてくる。自社の村社会にドップリ漬かっていては井の中の蛙にすぎない。
評論家や学者たちが、いろいろなことを知っているのも皆広く世間を見ているからである。コンサルタントも同じである。多くの会社を訪問し、いろんな事例を見聞きするからどのような状況でも適切な判断と指導ができるのである。
一般ビジネスマンがそこまでできなくても、1社でも2社でも機会があれば積極的に見ておくといい。きっと貴重な財産となる。
なお付け加えておくが、コンサルタントも全てがいいわけではない。コンサルタントもその人自身の資質による。けして会社の規模で判断してはならない。特に、自社の得意分野だけを売り込むところは要注意だろう。こちらの状況にマッチしたコンサルを願いたいものだ。

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