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仲人

更新 2007.09.25(作成 2007.09.25)

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第3章 動く 35.仲人

「さて、ターゲットは決まったけどどうやるかね」
「ちょっと待ってよ。ターゲットはトップだけなの?浮田はどうするん。片手落ちやろ」平田は、口を尖がらして慌てて話を止めた。
「話としては同罪やろね。涜職罪(とくしょくざい)としては確信犯やからね」
「それじゃ、ターゲットは2人やろ」平田は何がなんでもそうしてほしかった。自分の会社を思う努力を踏みにじったばかりか、牽強付会(けんきょうふかい)に企画書を捏造し、利己のために会社を危機的状況に陥れ、あまつさえ自分を左遷させた奸物なのだ。どうしても許しがたかった。
「話としてはセットになると思いますよ」
他の者も平田の気持ちがわかるだけに黙ってうなずいた。それを察した吉田が、続けた。
「ヒーさん、気持ちはよくわかるけど、我々の目標は会社の正常化です。仇討ちを目的にしたらいかんと思います。活動の過程で粛清されていくかもしれないし、されないかもしれません。自然の流れに任すしかないでしょう。我々はあくまでも大義のもとに活動していかなければ、私闘になってしまいます。大丈夫ですよ。天網恢恢疎にして漏らさずというではないですか。お天道様が見てはりますよ」吉田はなぜか関西弁になって平田を慰めた。
「それはわかるけど、そもそも諸悪の根源は浮田ですからね。これを忘れたらいかんと思ってね」
「大丈夫、忘れはしませんよ。ただ、最高責任者は小田社長やからね」
話が一区切りついて、チョットの間があいた。

「世間でもさ、組合と会社の泥仕合なんて時々聞くけど、どうしよるんかね」作田が聞いた。
「表沙汰になったらいかんと思うよ。表沙汰になるようなとこは、派手な実力行使をとことん打ちまくって泥沼化するから世間の知るところとなるわけよ。そんなことをしたらうちの会社なんかいっぺんでつぶれますよ。それに我々はあくまでも会社の正常化が目的ですからね。そこを履き違えたらいかんと思います」吉田は、あくまでも実力行使による政治闘争は避けたかった。「組合が、トップを気に入らないから暴力的手段で介入し、会社の人事を我が物にせんとしている」と、逆手に取られるのがいやだったのだ。
「つぶれるやろか」作田はまだ拘っていた。
「つぶれますよ。第一そんなことしたら、市場を競合に取られます。
 ・ 組合と揉めるような会社とは不安定で取引できないでしょう
 ・ 組合と揉めるような会社は、いつ商品が欠品するかわかりませんよ
 ・ わが社の取引条件をご検討ください
こうやっていっぺんで市場を取られますよ。我々がそうやってきたんやから」
営業のセールストークらしい。吉田が説明した。
“なるほどねー。うまいこと考えるもんや”平田は感心しながら聞いていたが、その組合活動の張本人が自分たちであることに違和感もあった。
「まあ、ああいうところは、運送会社とかタクシー会社とか、皆腕に自信のある者ばかりが集まっている会社が多いよね。一匹狼が多いから、会社がつぶれてもすぐ次の会社に腕一本で渡り歩ける。あんな真似はそういうところしかできんのと違うかね」豊岡が物知り顔に付け足した。
「なるほどね」作田も納得したようだ。
「いいですか。今回のことは家族はもとより親友にも極秘のうちに進める。それを絶対条件にしてください」珍しく吉田が強く言い張った。
「だって考えてください。仮に我々が何か画策して首尾よくトップを交代させたとしても、今度は我々が会社におられんようになりますよ。組合の立場を利用して自分たちのいいようにした、と言われます。絶対に他言無用です」吉田は、もう一度念を押した。
この一言は、まるで自分たちがフィクサーにでもなったかのように錯覚させ、緊張感は更に高まった。
平田は、昨年の夏豊岡の家で執行部に誘われたとき、夜明け前の街角で送りに出てきてくれた豊岡と、別れ際に同じことを確認しあったことを思い出していた。
「しかし、どっちにしても株主さんに聞いてもらわんといかんやろ。何か目に留まるアクションを起こして気を引かんといかんやろ」
「実力行使はダメです」吉田はキッパリと言い放った。
「だけど、何もなくていきなり話を聞いてくれと言っても聞いてくれんと思うよ」皆、親会社のトップと関係会社の組合という身分のギャップを思い量った。しかも相手は東京であり、顔すら拝むことができない存在だ。またしても、彼らの頭に逼塞(ひっそく)感が込み上げてきた。
「今まで俺たちは、相手があまりに遠い存在だったから、派手なパフォーマンスで気を引こうとしすぎたんじゃないやろか。やり方に無理があったんよ。だからいろんな障害に阻止されたんだと思う。天地人の思し召しにかなってなかったんよ」
「なるほどね。さすが委員長。すばらしいね」作田が感動した。
「それでどうするん」
「今誰かが言った“話を聞いてもらう”というスタンスでいくべきじゃないかね。聞いてもらう。そういう姿勢でいくんよ」
「聞いてくれるやろか。不平不満の直訴かって受け取られんかね」
「きちんとした手続きと大義がいると思う」
「アプローチの仕方やね」
「アポを取ってもだめかね」
「そんなもん取れるもんか。秘書が秘書室長に相談して、関連企業課長に回されて、結局握りつぶされると思う」豊岡が、少しイライラしたような口調で否定した。自社のオフィシャルルートを使えないもどかしさがあった。
「こういうときは誰か紹介者がいるんよ」まだトゲトゲしい言い方だが、豊岡は対人関係の機微はよく知っている。続けて言った。
「そうやね、仲人がいるね。それも飛びっきり信頼できる人が」吉田もその方法がいいと思った。
「そんな人がおるんかね」作田はあまり人脈がない。
「おったとしても、こんなことやってくれるやろか」
「しかし、これしか方法はないやろ。どう」吉田が確認のためにみんなの顔を見ながら、一息入れた。
「シナリオ1として、この可能性を考えてみましょう。行き詰まったらまた次の手を考えればいい」平田も賛同した。
「要は、人脈を手繰って金丸社長にたどり着けばいいわけだから、例えばマル水食品の関連企業課、わが社の企画室とか、あるいは株式関係の総務部から紹介してもらうとかはダメかね」
「そりゃダメですよ。さっきも言ったように我々の動きが筒抜けになって握りつぶされますよ。第一、組合が親会社のトップに何の用かって警戒されますよ。極秘で進めなければいかんのです」吉田が即座に否定した。
「それもそうやね。やっぱりダメか」
「それほど難しくないやろ」豊岡が何か思いついたらしい。
「株主さんというのはマル水食品のことやし、そこのトップというたら金丸社長や。その金丸社長がどんな人と付き合いがあるかなんて誰もわからんよね。そうすると、結局わが社の中から選ばないかんということは確かなんよ」
「なるほど。そうなるかもしれんが、誰ですか」
「わからんよ。しかし、それしかないよ。外の人がやってくれるわけがないやろ」
みんな黙り込んだ。
「金丸社長に話ができる人というたら、やっぱり役員やろか」
「しかし、その役員自身が今回のターゲットやからね。自ら自首するような役目を買って出るような役員はおらんやろ」
そんなことを思い思いに考えていた。
「とにかく、絞り込みをしていきませんか」平田が言った。
「まず、親会社と強力なコネクションがある人」
「そりゃ、役員か総務の部・課長、あるいは経理くらいかね」
「次に、我々の活動に理解がある人」
「後藤田専務、河村常務、川岸部長、それくらいしかおらんやろ」
「野木課長もいるよ」平田が付け足した。
「ああいう人はだめですよ。わが社のプリンスです。泥にまみれさせるわけにはいきません」
「それじゃ、そのくらいやね」
「川岸さんもだめやね。あの人もわが社の次の大黒柱になる人です。頼もしさも腕力もあるけど、脛に傷を負わせられない。それにマル水食品との繋がりが弱い。人を紹介できるほど親交がないし、この2人はウンと言わない」吉田は2人を候補から消した。

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