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要求基準

更新 2007.09.05(作成 2007.09.05)

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第3章 動く 33.要求基準

要求基準作成に残された時間は、10月の大会までそう多くなかった。
先の中央委員会の席で、山陰出身の石本委員に言われた“将来ビジョン”というヒントは、平田に大きな希望を与えるものだった。
平田の脳裏に閃(ひらめ)いたのは、中国食品独自のモデルライフサイクルを作ることであった。そのライフサイクルをベースに必要な生活費をはじき出し、要求基準に結びつける、というのがそのとき平田がメモした内容である。一つのことを一生懸命考え続けていると、思わぬところにもヒントが見つかるものである。
中国食品の社員としてどんな生活を目指すのか。高からず低からず、それでいて夢のあるもの。そんなビジョンを作ろう。そう考えた。
作業そのものはそれほど難しいものではなかった。ただ、ストレートに利用するには歪(いびつ)な数値が多く、随所に工夫を凝らす必要があった。
生命保険会社が必要保険料の説明によく使っているが、それをもっと詳しく、生活費として算出するようにしたものである。
手順としては、まず入社から60才定年までの人生イベントを年令ごとに方眼紙に記入していった。

イメージ図

27歳で結婚。資金として200万円を貯める。結婚と同時に相応の生命保険を掛ける。子ができると増額する、といった具合である。資料は保険会社から取り寄せた。
子供は、第1子が男子で大学まで、第2子は女子で短大までそれぞれ進学。どちらも学校は全て公立で、ストレートで進学することにした。
この設定には理由があった。当時会社は家族手当の論議のとき、18才高校生までしか支給しない。それが社会通念上平均的なところである。それ以上は親の責任でやるべきだ、と言っていた。
それに対し組合は、会社は優秀な人材の確保と称して大卒をかなりの比率で採用しているではないか。その負担を働き手側だけに押し付けるのは不合理である。扶養家族であることに違いなく、会社も生計費として認識するべきだ、と真っ向から対立していたからである。そんなとき私立校や浪人期間の扶養まで算入したのでは、会社に言い訳がなかった。組合としてもギリギリの設定だった。
40才で持ち家。それまでに購入代金の20%相当の頭金を蓄える。車は1500ccの新車を6年サイクルで買い替え。中古としたかったが購入金額の設定が難しかったので新車とした。その代わり償却期間いっぱいの6年間乗り継ぐこととした。入社から1年間頭金を貯め、残りをローンで購入する計画だ。
子供が小学校に入学したら、何か1つ塾または習い事に通わせる。
家電製品は独身時代から少しずつ買い増し、10年サイクルで買い替えとした。
貯蓄についても、こうしたイベントの資金だけでなく、病気や怪我、事故といった不慮の支出に備え、収入の5%を積み立てた。
などなど、事細かに暮らしぶりと思われる事柄を書き込んでいった。
出来上がったものを執行委員会において、漏れや無理な設定がないか、また一般的生活から大きく乖離していないかなど、検討してもらった。
次に、こうした事柄を生計費として落とし込んでいった。
10万円以下の費用は一時的支出とし、それ以上のものは事前に準備するようにした。例えば車の頭金や結婚費用は入社と同時に貯金を始める。しかし、子供の出産費用や入学費なんかは結婚してからでないと考えが及ばず、現実的でなかった。
幼稚園や学校の入園入学費用の調査などは、市に問い合わせたり統計を調べたりかなりの苦労を伴った。
基本的生計費は、政府総務省が発表する標準生計費をベースにおいた。これは人数別の消費支出であるから、それ以外の費用をこれまでの作業で得た金額で加算していった。
ほぼ狙いどおりのところが出てきた。しかし、年間生計費としてはかなりでこぼこしている。だからといって費用をならすために設定を変えるわけにはいかない。何かいい方法はないか、平田はライフサイクル表をにらみながらあれこれ考えた。それで3日間が過ぎた。平田が悩んでいるとき、横からのぞき込んでいた作田が、
「私は結婚は早かったし、子供は男の子3人なんですが、こういう場合どうしてくれるわけ」と、例によって冗談を飛ばしてきた。
「日に1食しか食べんのよ」と、平田も冗談で返したが、“そうか、モデルにピッタリの人なんていないんだ。ほとんどが2、3年前後にずれているわけだ。とすれば平均化すればいいかもしれない”と、作田の冗談をヒントに、平田は、当年度をはさんで前後2年、計5年間の移動平均法でならしてみた。すると見事にスムースなラインが出来上がった。一歩一歩狙いに近づいていくのが嬉しかった。自分でも何かこういう新しいものに取り組んでいるとき、充実した気分を感じることができた。
「作田さんのためにいいように工夫したよ」平田は出来上がったラインを作田に見せ、
「これを生計費ラインにしようと思うんよ」と説明した。
「ああ、いいようになりましたね。これなら私も生きていけるわけですね」
「そう。しっかり働いてよ」
「それで、これでどうやって要求していくわけですか」
「さあ、そこなんよ。今から最後の仕上げにかかるわけですよ」
「大変やね。全てが平田さんにかかっていますから、頼みますよ」作田も、だんだん完成していくのが嬉しそうだった。今年の運動方針の一大テーマだったからだ。

要求基準にどう落とし込むかも一苦労だった。この計算は年間で算出されている。しかもネットの手取り額であるから、税金や社会保険料の修正が必要となる。
全額月例の基準内賃金で支給されれば最も安定した生活ができることになるが、今の月例給与のほぼ倍の水準になってしまう。とても現実離れしている。さてどうするか。試しに35才で試算してみると、賞与や基準外賃金を入れてもわずかに届かない。
“当面は、これが要求基準になるな”と、平田は考えた。“とりあえず今年の賞与はこれに届く水準までが要求だな”具体的数値が見えてきた。
次に、過去5年間の賞与月数から月例賃金との比率を出し、35才年間生計費を月例と賞与とに分解した。それを次年度以降の要求基準とすることにした。
この生計費を毎年物価上昇分だけスライドさせていけば、よほど環境の変化がない限りしばらくは使えそうだった。物価スライドさせた35才の生計費に、今年34才の標準者が届く額が要求である。それを月例と賞与に分解して要求すればいい。
しかし、業績の悪い今の水準ではどっちみち届かない。そこで時間外手当で補って凌(しの)ぐ。苦しいがそれを言い訳とした。もし、将来業績が回復し基準内賃金や賞与水準が上がってきたら、基準外賃金はゆとりや生活レベル向上分に回せばいい。
こうして要求基準はついに出来上がった。
「モデルライフサイクルに基づく35才ポイント賃金要求方式」と銘打って大会に掛け、承認された。しかし、これでパーフェクトというわけではない。基本給と諸手当の問題など、細かいところでまだ整理すべき点が残っていた。しかし、それを補って余りある内容であった。  

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