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争議通告

更新 2016.04.26 (作成 2007.01.25)

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第3章 動く 11.争議通告

「それじゃ伺いますが、山陰工場の稼働率はどうなっとるんですか。工場の人は毎日暇で草むしりばかりさせられとるそうやないですか。」
相手はかっての上司であり、今でも製造部門の本部長である。平田は“やりにくいなー”と思いながらも、思い切って追求した。
「君も知っているように確かに稼働率は低いかもしれないが、それは工場の能力が大きいからであって、必然的に低くなるのは当然だよ」
「ということは、能力が大きすぎたのと違いますか。だから過剰投資と言われるんですよ。山陰地区の販売見込みをどう立てたのですか」自分は担当から外されたのだから、聞きやすい。
「販売は3年後4年後を見越して、それに広島工場の負担軽減分をプラスしたもので計画したんだよ」
「負担軽減と言われますが、それは製造部だけで考えることではないのと違いますか。それは会社の経営姿勢としてコンセンサスがあったのですか。組合員は忙しかったら頑張りますよ。何もこんな大きな投資をして、賞与を減らされてまで軽減を望んでいません。そもそも販売見込みが大きすぎたのと違うんですか」
「そんなことはないよ。2、3年後に販売が回復したらわかるよ」
「販売見込みを大きくして、本来広島工場で作る分まで無理やり山陰に持っていって、初めから大きな工場を造ることが目的だったとしか思われません」
浮田は痛いところを突かれたが、本質を知っているのは俺だけだと内心で思っている。
「あんたが何を思おうと勝手だが、工場は俺が責任を持ってやったんだよ。会社がおかしくなったら俺が責任取るよ」
「もう既におかしくなっているやないですか。去年は赤字すれすれで、今年は3億の赤字見込みだそうやないですか。責任取ってくださいよ」
「まだおかしいとまではいってないだろう」
「おかしくないんだったら、賞与を満額出してくださいよ。我々の要求は、固定部分と清算払い部分合わせて3.5カ月です。それなのに固定部分すら削るということやないですか。これが正常ですか」
「それは会社が決めることだ」
「おかしな論理ですね。今俺が責任を持ってやったことだと言われたやないですか。工場を造るのは自分で、賞与を出すのは会社で自分は関係ないんですか。経営者じゃないですか」
「そんなことにいちいち答える必要ない」浮田はついに切れた。
「それはないでしょう」作田が横からバンと机を叩いた。
「ここは団交の場ですよ。責任ある答えがないのなら話し合いにならんやないですか。それとも団交拒否をするんですか」目が怒っている。
「ああ、団交拒否だよ」浮田は、団交拒否の意味や重大さすら知らずに言ってしまった。
「まあまあ、常務は団交に慣れてないから売り言葉に買い言葉で言ったまでで、本心じゃないんですよ」筒井がなだめた。
そんなやり取りを聞いていた吉田が、
「浮田常務が責任を取ろうと取るまいと、組合員は生活がかかっているんです。会社には誠意が全くありません。一生懸命会社施策を遂行してきた組合員の頑張りに対し、正当な評価は得られず年間協定すら減額されております。こんな状況では、これ以上会社の無責任な施策のために尊い組合員の労働を時間外労働してまで投入するわけにはいきません。この状況を打開するために組合は来週から三六拒否に入らせてもらいます」と言って通告書を出した。
「組合員は今年、例年にない多くの販売施策を遂行してきました。労働負荷も尋常じゃなかったと思います。この組合員の頑張りに対し、会社には真剣に応えるべく再考をお願いします」吉田が言い足した。
筒井は眉間にしわを寄せて通告書を見ていたが、
「三六拒否ということですが、もし時間外に入る者がいたら会社はどうするんですか。何か処分でもするんでしょうか」
「何もせんでいいですよ。時間外が発生したら時間外手当を払えばいいんですよ」作田が説明した。
「しかし、三六拒否でしょう。拒否している者に払うんですか」
「当たり前やないですか。労務の提供をしているんですから、労働対価は払うのは当然でしょう」
「処分はしなくていいんですかね」
「何の処分をするんですか。会社がすることではないでしょう。統一行動を乱したかどうかは組合が判断することで、会社には関係ないことです」作田がピシャリと言い放った。筒井もそんなことは先刻承知の上で、わざととぼけてみせ、組合の力を試しているのだ。
「それでは、我々はいつでも団交に応じられるように事務所に待機していますのでよろしくお願いします」と、吉田が言い置いて席を立った。

組合事務所に戻った一行は、誰も無口だった。
“いよいよ来るべき時がきた。これからどうなるのか。泥沼に入るのではないだろうか”など、いろいろと思いを巡らせた。
争議行為に入って苦しいのは会社ばかりではない。一般組合員も辛い思いをしなければならない。特に営業担当者は顧客が待っている。時間を限られたら当然行けない顧客も出てくる。また、それだけ売り上げも減るから、売り上げに応じて支給される販売手当も減ってくる。顧客との約束を守るため、限られた時間でできるだけ多くを回ろうとするから必死である。それでも回れないところには断りの電話も入れなければならない。この電話がまた辛い。
「お前たちは、自分の賞与のために俺との約束を破るのか。自分の利益のためなら客の利益を無視するのか」と、中には理解をしてもらえない客もいる。特にオーナーのディーラーはサラリーマンの立場なんか関係ない。商品が届かないことは自らの販売チャンスの損失であり、最も嫌う。彼らも必死で生きている。嫌味の一つも言いたくなるのも、むべなるかなである。
組合員はそんな辛さに耐えて争議行為に参加している。

通告を受けた会社は、争議対策として争議除外者のリストを作成し、組合に申し入れてきた。組合が了承し協定を結べば、ボイラーや危険物取り扱い者など、安全や保安、健康対策上最低限度必要なこれらの者は争議行為から外され通常の業務を行う。
通告を出して丸1日が過ぎた。土日を挟んで週も替わり、事前通告の48時間は今日で終わる。いよいよ明日から三六拒否に入ろうかという12月9日、会社が動いた。
「先日、三六拒否の通知を受けて会社もいろいろ検討しました。今プロモーションを展開中ですし、ここで販売が落ちるのは会社にとって大きな打撃となります。これ以上販売が落ちると赤字幅がさらに拡大します。捻出すべき原資はありませんが、この非常事態を回避するために乾坤一擲(けんこんいってき)の思いで固定部分の支給を2.3カ月支給することを決定いたしました。なお、この0.3カ月分は原資の都合上、年明けの支給とさせていただきたい」筒井は新しい会社の意思を提案した。
「それが会社の最終意思決定ですか。我々の要求は固定部分2.5カ月、清算払い部分1カ月の3.5カ月ですよ。全然話になりませんね」今日は珍しく吉田が積極的だ。
「しかし、もう会社には賞与を捻出する原資がありません。これがいっぱいです」
「0.3カ月は来年の支給だそうですが、来年の支給なら払えるんですね。それならついでに残りの1.2カ月もまとめて払うべきでしょう」
「そんなことはできませんよ。来年は来年で経営計画があり予算措置があるわけですから、来年だから全部払うようなことはできません」
「だったら0.3カ月も今年中に払うべきでしょう。会社のやることはチグハグなんですよ。今年の付けを回すだけですよ」
「それはようわかっていますよ。ただ、この現状をなんとか打開するための苦肉の策としての提案です」
「だめです。話になりません。再度考え直してください」
交渉は物別れに終わり、ついに明日は三六拒否突入が確定的となった。
闘争委員会のメンバーは、会社が新たな提案を持ってくるまで待機するしかなかった。話し合いが物別れに終わったその日の夕刻、組合事務所で待機しているところへ、電話で筒井が書記長を呼び寄せた。

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