ナビゲートのロゴ
ナビゲート通信は主な更新情報をお届けするメールマガジンです。ご登録はこちらから。

下記はページ内を移動するためのリンクです。

現在位置

 ホーム > 正気堂々 > 目次INDEX > No.2-17

せめぎ合い

更新 2016.04.14 (作成 2006.03.24)

| ←BACK | INDEX | NEXT→ |

第2章 雌伏のとき 17.せめぎ合い

2人がふじの家へ向かう道すがら、吉田はいつもと変わらぬ様子だったが作田はさすがに心配なのか吉田に尋ねた。
「彼らはウンと言ってくれますかね」
「大丈夫です。降りると思いますよ」
「すごい、自信ですね」
「彼らもバカじゃないから、喧嘩したら損だということがわかっていますよ。もし表沙汰になったら傷つくのは彼らのほうだということも……。彼らには、会社とうまくやっていることへの後ろめたさがあるハズだから、きっと降りますよ」
「なるほど、そうなんですか」作田は、吉田の読みの深さに感心したが、心の奥で“本当に大丈夫だろうか”とまだ半信半疑だった。

「今日は、忙しいのにすみませんね」吉田が切り出した。
「先日、ちょっと言いました組合役員の交代ですが、どうですかね、穏便に収めてもらえませんか」
「なんで私たちじゃいけないんですか。何も悪いことしとらんじゃないですか」委員長の佐々木が返した。
「もちろんそうです。いいとか悪いとかじゃないんです。通常のときなら、むしろようやってると思いますよ。だけど今は会社が大変じゃないですか。これをなんとか打開しようと思えば、私たちに代わったほうがうまくいくと思います。あなたたちも傷がつかずに済むし」
書記長の馬場が、少し気色ばんだ言い方で口を挟んだ。
「同じでしょう。何が変わるんですか。私たちが降りる理由は全くないですよ」
「あなたたちの体制になってもう6年になります。その間会社は悪くなるばっかりじゃないですか。これはやはり、組合の会社経営に対する牽制の拙(まず)さだと思います。会社に馴れすぎて、チェック機能が効かなくなっているんじゃないですか」
「そんなことはありませんよ。私たちだって一生懸命やってますよ。だけど会社がこんな具合だから、どうにもならんだけですよ」佐々木が、憮然とした顔で言い返した。
「だから、私たちがどうにかしようと思っているんですよ。今のままでは何も変わらんですよ」
「私たちも一生懸命やってきたのに、これ以上何をどうせよと言うのですか」
「業績が悪いから、賞与なんかどんどん下がる一方じゃないですか。これはハッキリ言って会社の投資ミスです。このことを明確にして、財務の建て直しを提言していくべきと思います」
「会社が真剣に計画してやったことですから、それはそれで是とせざるを得んでしょう。それに、そんなことはこれからだってやっていけるし、交代する理由にはなりませんよ」
「しかし、あなた方だと会社に近すぎて言えないでしょう……。
それに、現場は混乱してますよ。営業政策だって場当たり的だし、販促手当(販売促進手当)の改定も棚上げされたままだから、営業現場はやる気を見せないじゃないですか。どうするんですか。」吉田は一呼吸おいて、
「ね、私たちに代わってください」
「もし、嫌だといったら言ったらどうするんですか」
「そうなったら選挙で戦うしかないですね。しかし、そうなったらあなた方が惨めですよ」
「どういう意味ですか。まだ負けると決まったわけではないでしょう」
「今なら穏便に禅譲ということで通りますが、選挙ということになると現体制に批判が沸き起こっているということが明るみになります。そうなったら、あなたたちのリーダーシップに疑問符が付くことになります。しかも、これだけ現場が混乱しとるから選挙になったら私たちが絶対勝ちます。そうなったらハッキリ言って惨めですよ。あなたたちは挫折を味わったことがあるかどうか知りませんが、涙がこぼれるほど悔しい思いをすることになります。そんなことをしたくないから、こうして話をしています。どうですか、決断してください」
「それじゃ、あなたは挫折を知っているんですか」
「私なんかずーっと落ちこぼれの人生ですから、挫折だらけですよ。失うものは何にもありません」吉田は、自嘲ぎみに薄笑いを浮かべて言った。
「吉田さんはそうかもしれませんが、他のメンバーはどうなんですか。もう、組閣はでき上がっとるんでしょう。よかったら教えてくれませんか」
「そりゃあ、できてますよ。それでなくちゃ話になりませんよ。立候補届けも全員私が預かっています」吉田は、もう後には引けない体勢が整っていることを臭わせた。
「どうせわかることですから言いましょう……。
委員長を私がやって、作田さんが書記長です。副委員長が豊岡さんと平田さんです。後はいいでしょう」
「強力メンバーですね」
「強力とか何とかはいいじゃないですか。真面目な人ばっかりです。大変だけど、やると覚悟を決めてくれています」
佐々木は少し考えて、
「ちょっと、2人で考えさせてくれませんか」
「いいですよ、私たちは席を外しますから、ゆっくり考えてください」
吉田と作田は、自分たちのコップとビール瓶をそれぞれ手に持ってカウンターに移動した。

2人は、お互い手酌で黙ってビールを飲んだ。もはや何も話すことなんかない。どんな返事がくるか、これからどうするか、などいろいろ思い浮かぶが深い思考にはならなかった。短いような長いような白紙の時間が流れた。ビールもなくなったころ、襖一枚の仕切りだから顔をのぞかせれば聞こえるものを、馬場がわざわざ下駄を履き、
「すみません。お願いします」と吉田たち2人のそばまで呼びにきた。
2人の腹が決まったのであろう。
「ところで、どうですかね。私も半分呑みますから吉田さんも半分呑んでくれませんか」
「どういうことですか。乗れる話なら乗りますよ」
「私たちにも若い人などいろいろメンバーがいます。無条件では男の一分が立ちません。吉田さんが委員長をやるんなら、書記長はこっちから出す。副委員長も1人はこっちから出すというふうに、たすき掛けでいきませんか。それだとこっちのメンバーも納得すると思いますが」
「それは止めたほうがいいと思います。お互い、疑心暗鬼になってやりにくいでしょう。それよりも、辞めるんなら辞めるで私たちに任せてください。佐々木さんも大委員長じゃないですか。潔く決断してください。納得できないと言う人もいるかもしれませんが、佐々木さんなら説得できるでしょう」佐々木のプライドを少しくすぐった。
「会社がなんと言いますかね。いきなり政権交代なんて言って、うまくやっていけますか」
「それは、私たちの問題です。うまくやりますよ」
「それじゃ、私たちと同じじゃないですか」
「違うと思います。目指すものが違います」
お互い、ぎりぎりのせめぎ合いが続いたがここにきてしばらく沈黙が流れた。佐々木は黙って考えた。

「正気堂々」についてご意見をお聞かせください

▲このページの先頭へ

お問い合わせ・ご連絡先
Copyright © 1999 - Navigate, Inc. All Rights Reserved.